染色体の数や構造に異常が生じることをいう。突然変異の一種とみなし,染色体突然変異と呼ぶこともある。減数分裂から受精が完成するまでの間に最も起こりやすい。数の変異には,倍数性,半数性,異数性(基本数の整数倍から外れた染色体数をもつ場合をいう)がある。一方,構造の変異には,同一染色体内で起こる欠失,重複,逆位,転位などと,他の染色体との間で起こる転座,付着,挿入などがある。
ヒトの場合も減数分裂や受精の際に種々の異常が起こると,染色体異常となる。このような異常が生じると,多くの場合は早・流産となってしまうが,異常の程度が小さかったり,生存可能な異常の場合は,そのまま出生し,種々の先天性異常を現すことになる。ヒトの染色体異常による症候群は配偶子病gametopathyともいわれ,異常の内容によって染色体数の異常と構造の異常に大別され,異常を起こす染色体により常染色体異常と性染色体異常に大別される。
(1)染色体数の異常 ヒトの場合,最もよくみられるのは異数体で,減数分裂に際しての染色体不分離によって起こると考えられている。すなわち,ある染色体が分離しなかったことにより,2個あるべき相同染色体が一つしかないモノソミーmonosomyになったり,3個になるトリソミーtrisomyになり,染色体数に増減が起こる。ただし,モノソミーの場合は生存が困難になるところから比較的例が少なく,異数体としてよく知られているものにはトリソミーが多い。ダウン症候群(21トリソミー),18トリソミーなどがある。なお,異数体ではないが,受精後第1分裂に際し染色体の不分離が起こると,同一個体内に2種類以上の遺伝子型の異なる細胞群が混在することになるが,これをモザイクmosaicという。ダウン症候群でみられることがある。
(2)構造的異常 構造の異常にも種々のものがあるが,ヒトの場合,最もよくみられるのは,減数分裂に際して,一度断裂した染色体の一部がまちがった部分についてしまう転座である。ダウン症候群やパトウ症候群などでみられる。
(3)常染色体異常 多くの常染色体異常が知られているが,共通して,精神遅滞,発育障害,小人症,内臓や骨格の奇形,皮膚紋理の異常などとの関連がみられる。ダウン症候群,18トリソミー,13トリソミー,猫なき症候群(5短腕欠損)など。
(4)性染色体異常 多くは性染色体,X,Yの数の異常であるが,欠失や転位を伴うこともある。知能障害や性器発育不全との関連がみられる。ターナー症候群,クラインフェルター症候群などである。
以上のようなヒトの染色体異常は,1980年の国連科学委員会の調査によると,0.63%の新生児に発見され,1000人当りに換算しなおすと,性染色体異常が新生男児で2.8人,女児で1.4人,常染色体異常は約4人となっている。染色体異常の原因については,放射線,発癌物質,超音波,薬剤,ウイルスなど種々なものが考えられるが,そのしくみはまだ明らかにされてはいない。ただし,ダウン症候群については,母の出産年齢が高いほど発生頻度が高い(母年齢40~44歳では100人に1人の割合)ことが報告されている。高年出産をはじめ,家族歴のある人の妊娠,出産については,近年,各地の国立病院,大学病院,保健所などに遺伝相談の窓口が設けられ,利用できるようになっている。
→遺伝相談
執筆者:小室 裕明
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
生物の染色体の数および構造上に現れる異常のこと。生物は種によって染色体の数と形は一定で、それぞれの生物種の遺伝的な基礎となっている。しかし、自然にまたは放射線や薬物処理などによって、基準となる染色体の数や形のうえに異常の生ずることがあり、染色体突然変異ともいう。染色体異常は染色体数と構造異常の二つに大別される。
[吉田俊秀]
正常な体細胞は精子および卵子由来のそれぞれ半数(n)の染色体が合体して二倍性(2n)の染色体数をもっている。たとえばヒトの二倍性(2n)の正常染色体数は46本で、23本は母方から、ほかの23本は父方から由来した。正常二倍性より離れた染色体数をもつ細胞は異常で、半数の染色体しかもたない場合を半数体、3組以上の染色体をもつものを倍数体という。植物では半数体や倍数体はしばしば観察され、とくに倍数体育成は育種法の一つとして重要視されている。しかし、動物ではまれで、実験的にカエルなどで作出されている程度である。生物種の基本染色体数よりも1個から数個離れた染色体をもった個体を異数体(または異数性)という。染色体が多い場合を高異数体(性)、少ない場合を低異数体(性)とよぶ。2nよりもある染色体が1個多い場合をトリソミック(2n+1)、また1個少ない場合をモノソミック(2n-1)という。異数性は正常二倍性の中に含まれているある染色体の増減の場合をいうが、ほかのどの染色体とも相同でない染色体が余分に含まれている場合は、これを過剰染色体またはB‐染色体という。
[吉田俊秀]
染色体の一端が逆転している場合を逆位、一部分が失われている場合を欠失、一部分が重複している場合を重複、染色体の一部または全部が相同のほかの染色体、または相同以外の染色体と結合する場合を転座などとよぶ。
染色体異常の原因や染色体の数的異常は、細胞分裂時の染色体の異常配分に原因する。核分裂のみがおこって細胞分裂が伴わないと倍数性細胞(4n)になる。細胞分裂が進行して娘(じょう)染色体が両極へ移行するとき、誤って2個の娘染色体が分離しないでそのまま一方の極へ移行すると、いわゆる不分離現象がおこって異数性細胞が生ずる。染色体の構造異常のおもな原因は染色体の切断と再結合である。染色体に切断がおこっても大部分はそのまま再結合するが、切断されたものがそのまま失われたり、ほかの染色体の切断片と再結合することがある。染色体切断が細胞分裂周期のどの時期におこるかによって、分裂中期に現れる構造異常の型に差異が現れる。
染色体の数的または構造的な異常は突然変異の原因となる。たとえば、ヒトの21番目の染色体を1個余分にもった個体は21トリソミーとよばれてダウン症候群となる。X染色体を1個余分にもった男性はXXYの性染色体構成となって、クラインフェルター症候群となり、逆に1個のXを欠いたモノソミックXの女性はターナー症候群となる。これらは卵子または精子形成時の第21番目の染色体またはX染色体の不分離現象に起因する。染色体の構造的な異常があっても染色体の総体量に変化がおこらない場合には、形質発現上異常を伴わないことが多い。
[吉田俊秀]
設計図のミスプリントが遺伝子異常だったのに対して、染色体異常は設計図の枚数違い(数の異常、
染色体異常をもったお子さんのお母さんから、「設計図が足りなくなったら異常が起こるのは理解できるが、余分にあってはなぜいけないのか」と質問されることがあります。
設計図に書かれているのは単に体の材料をつくるための情報だけではありません。物をつくるのを制御するような情報もたくさんあります。情報は多すぎても少なすぎてもいけないのです。
染色体異常症の各論は他の項目を見ていただくとして、ここではなぜ染色体異常の子が生まれてくるのか、少し詳しく解説します。
染色体異常としてよく知られているダウン症は、高齢出産で生まれやすいということが知られています。ダウン症のなかには
学問的には染色体異常の発生機構として、卵の過熟による染色体不分離説、遅延受精説、遺伝子異常説などいろいろな説があります。確かに母親の年齢が40歳を超えると数十分の一の確率でダウン症の子が生まれてきます。
しかし、そのような高齢出産はわずかなので、実際にはダウン症のほとんどが若いカップルから生まれてきます。染色体異常の発生には遺伝的な背景もありますが、絶対的多数はいわゆる突然変異で生まれてくるのです。
ここで、染色体異常をもった子どもの両親にぜひ理解してほしい事実があります。それは誰でも染色体異常をもった子どもを生むリスクがあるということです。というのは、誰でも精子や卵を調べると10~20%に染色体異常が見つかることがわかっているからです。ですから、どんなカップルでも受精卵の半数近くは染色体異常になります。
染色体異常以外にも重い遺伝子異常が突然変異でたくさんできるのですが、これらの障害をもった受精卵の大多数は初期に流産してしまいます。その数は受精卵の70%にものぼると考えられています。このごく初期の流産は受精卵が子宮に着床するかどうかの時期に起こるので、生理が少し乱れるだけで、産婦人科医にはもちろん、本人にもわかりません。
産婦人科医の目にとまる初期流産(妊娠3カ月ころまでの)は、このごく初期の流産を過ぎてからですが、それでも検査をすると半数以上に染色体異常が見つかります。
このような自然の機構により、多くの染色体異常は生まれるまでに流産してしまいます。結果的に、実際に生まれてくる新生児のなかでは染色体異常は1%前後と減ってしまうのです。
千代 豪昭
出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 母子衛生研究会「赤ちゃん&子育てインフォ」指導/妊娠編:中林正雄(母子愛育会総合母子保健センター所長)、子育て編:渡辺博(帝京大学医学部附属溝口病院小児科科長)妊娠・子育て用語辞典について 情報
…これらは,それぞれ対立遺伝子の組合せによって起こるが,伴性優性遺伝病はビタミンD抵抗性くる病など,限られた疾患で観察されているにすぎない。 広義の遺伝病には,染色体異常や多因子遺伝性疾患などが含まれる。先に述べたように,ほとんどすべての病気に遺伝的要因は関与しているから,広義の遺伝病の範囲は必ずしも判然としない。…
…受精後3ヵ月を胎芽期と呼び,各臓器が形成され,以後の胎児期にその形態と機能が発達する。胎芽期の胎内異常環境,薬剤服用,放射線照射は,臓器形成を阻害し,染色体異常とともに先天奇形の原因となる。ほかに遺伝性奇形も存在する。…
…さらに一部の遺伝子については,遺伝子の全暗号が解読されている。 遺伝的な原因によって生じる変異を遺伝的変異というが,ヒトの遺伝的変異は遺伝的原因の違いに基づいて,単因子性形質,染色体異常,多因子性形質の三つのカテゴリーに分類されている。第1のカテゴリーの単因子性形質は,単一の遺伝子座の遺伝子によって規定され,メンデル式遺伝をする。…
…外因性で最も多いのは出産時障害で,乳児期における脳炎,麻疹や猩紅(しようこう)熱による脳症がこれに次ぐ。染色体異常,先天性代謝障害,内分泌障害,母斑症も後者に含まれる。前者に比して概して重いものが多く,身体的・神経学的異常がみられることが多い。…
…羊水穿刺(せんし)によって得た少量の羊水を用いて検索するので羊水診断と呼ばれる。Rh血液型不適合による胎児赤芽球症(新生児重症黄疸)の診断に羊水中のビリルビン測定が役立つことが認められたことに端を発し,1960年代に染色体異常,先天性代謝異常の診断が試みられ,臨床的に応用されることになった。羊水診断法のほか胎児についての情報は超音波,X線,心電図などの物理学的方法によっても得ることができ,これらを胎児モニターという。…
※「染色体異常」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
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