精選版 日本国語大辞典 「悪者小説」の意味・読み・例文・類語
わるもの‐しょうせつ‥セウセツ【悪者小説】
- 〘 名詞 〙 =ピカレスクしょうせつ(小説)
- [初出の実例]「ゴオゴリの『死せる魂』は現われるべくして現われたロシヤの悪者小説である」(出典:現実拒否の文学(1956)〈大井広介〉二)
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16,17世紀のスペインで流行した〈悪者〉ピカロpicaroを主人公とする小説の様式で,その後のヨーロッパ・リアリズム小説に大きな影響を与えた。悪漢小説,ピカレスク小説,あるいはピカレスク・ロマンという呼称も一般化している。〈ピカロ〉の語源は諸説あっていまだ定説はない。この語は1525年に〈台所の下働き男〉の意で用いられたのが最初とされているが,〈悪者小説〉における〈ピカロ〉は,貧しくて生活のために悪事を働く,悪知恵にたけた冒険好きのならず者といったほどの意で用いられている。〈悪者小説〉を特徴づける二大要素は,主人公が社会の最下層の出であること,そして自伝体の小説であることである。そして普通は,定職をもたない放浪の主人公がさまざまな主人に仕え,その体験を通して社会の各層をあくまでしんらつに,冷笑的に風刺する。こうした社会風刺は別に16世紀のスペインを待つまでもなく,ローマのペトロニウスの《サテュリコン》をはじめとして,いつの世にもありうるものであり,いわゆる〈悪者小説〉的な作品,あるいはその先駆となるものは数多くあろう。とくに,社会の下層階級の人々をリアルに描く伝統のあったスペイン文学には,J.ルイスの《よき愛の書》やフェルナンド・デ・ロハスの《セレスティーナ》といった,直接的な先駆というべき傑作がすでにあった。しかし厳密な意味での〈悪者小説〉は,1554年に出た作者不詳の《ラサリーリョ・デ・トルメスの生涯》をもってその嚆矢(こうし)とするというのが定説である。この出版を文学史的に位置づけてみると,当時スペイン文学を風靡(ふうび)していたのは騎士道小説や牧人小説であったが,それらのあまりに現実離れした理想主義に対する諧謔的な,そしてしんらつな反動として,この小説が現れたと考えられる。《ラサリーリョ・デ・トルメスの生涯》によってこのジャンルの形式と基本的属性が定められたものの,この小説にはいまだ〈ピカロ〉という言葉は使われていなかった。そしてこの語を最初に用いると同時にこのジャンルを確立したのは,マテオ・アレマンの《悪者グスマン・デ・アルファラーチェの生涯》(第1部1599,第2部1604)であり,その頂点をなすのがケベードの《かたり師,ドン・パブロスの生涯》(1626)である。ほかにロペス・デ・ウベダ《あばずれ女,フスティーナ》,ビセンテ・エスピネルの《従士マルコス・デ・オブレゴンの生涯》,作者不詳の《エステバニーリョ・ゴンサレス》などの傑作を生んだが,17世紀後半には風俗描写に堕していった。しかし〈悪者小説〉は早くからヨーロッパ諸国に翻訳紹介され,その影響は計り知れないほどである。例えば,ドイツのグリンメルスハウゼンの《阿呆物語》(1669),フランスのルサージュの《ジル・ブラース物語》(1715-35),イギリスのデフォーの《モル・フランダース一代記》(1722)などに顕著に見られる。
執筆者:牛島 信明
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…そして〈黄金世紀〉の棹尾(とうび)を飾る巨人がカルデロン・デ・ラ・バルカで,バロック期特有の凝った文体や舞台構成を用いた哲学的な《人生は夢》と平民の名誉を描いた《サラメアの村長》はスペイン演劇の最高峰に位置するものである。
[小説]
16世紀前半に隆盛をきわめたのは《アマディス・デ・ガウラ》を頂点とする,中世の騎士道を理想化した騎士道物語であるが,こうした理想主義的傾向への反動として現れたのが,〈悪者〉の遍歴を通して社会悪を風刺する〈悪者小説(ピカレスク)〉である。1554年に出版された作者不詳の《ラサリーリョ・デ・トルメスの生涯》がその嚆矢となったが,このジャンルはマテオ・アレマンの《悪者グスマン・デ・アルファラーチェの生涯》を経て,スペイン・バロック期最大の文人フランシスコ・デ・ケベードの《かたり師,ドン・パブロスの生涯》でその極に達した。…
…1554年に出版された作者不詳の小説。16,17世紀のスペインで大流行し,その後のヨーロッパ・リアリズム小説に大きな影響を与えた悪者小説と呼ばれるジャンルの嚆矢(こうし)となった。文学史的には,当時流行していた騎士道小説や牧人小説に見られる極端な理想主義的傾向に対する反動として現れたと考えられる。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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