タミル紛争(読み)たみるふんそう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「タミル紛争」の意味・わかりやすい解説

タミル紛争
たみるふんそう

スリランカにおけるシンハラタミルとの民族対立抗争。その背景には、両民族の歴史的経緯、言語・文化・宗教の相違、政治・経済的な権益格差など複合的な要因が絡む。シンハラおよびタミルはそれぞれ仏教徒、ヒンドゥー教徒が多数である。しかし、両民族にはムスリムキリスト教徒もおり、シンハラ=仏教徒と、タミル=ヒンドゥー教徒との宗教的対立という図式紛争を理解することは妥当ではない。

 1980年代の人口構成は、総人口約1500万人のうちシンハラ74%、タミル18%、マラッカラ(ムスリム)7%、その他、先住民ヴェッダ(ベッダ)、混血ユーラシアンなどであった。タミルには先史時代に移住してきたといわれるセイロン・タミル(スリランカ・タミル)と、英領植民地時代に紅茶プランテーションの労働者として、南インドから移住してきたインド・タミルとに大別される。タミル紛争とは、主として、スリランカ北部のジャフナ半島や東部に定住するセイロン・タミルによって主導された。

 紛争が顕在化するのは、1983年に発生したシンハラによるタミルの虐殺とそれをきっかけとする両民族の広範な暴動契機とする。その背景には、独立後のシンハラ・ナショナリズムの台頭がある。具体的には、1956年の総選挙の勝利で台頭したスリランカ自由党による「シンハラ語の公用語」政策と、その結果生じた「官吏登用」「大学入学資格」「就業機会」におけるタミルに対する差別化である。さらに同党による1972年の新憲法公布により、国名改称(スリランカ共和国)、仏教の準国教化などが打ち出され、シンハラ優先主義がいっそう鮮明となった。こうした状況に対抗して、1975年には北部・東部のセイロン・タミルを糾合して、V・プラバーカランVelupillai Prabhākaran(1954―2009)を指導者とする軍事組織LTTE(タミル・イーラム解放の虎(とら))が創設された。この組織は最終的には、タミルによるタミルのための独立国家の樹立を目ざしていた。だが、2003年12月には、一時的に「自治権の強化による連邦制」を容認することもあり、かならずしも当初から一貫して分離独立のみを主張していたわけではない。また、紛争の経済的背景には、1977年に導入された経済の自由化政策とそれに伴うシンハラによるタミル集住地域への入植、その結果としてのタミル難民の増加、あるいはシンハラによる土地・商業などの独占があった。

 1983年から2002年までの20年間にわたって、北部から東部さらにはコロンボ市にも武力紛争は波及し、さまざまな形でテロが発生した。1987年1月には、LTTEは独立宣言を発し、紛争は内戦の様相を呈する事態になった。このような状況のなかで、融和策も試みられた。たとえば、1988年には憲法が改定され、タミル語も公用語として認められたことである。しかし、事態はいっそう深刻化していった。2002年、ノルウェーや日本の仲介により、スリランカ政府とLTTEの間に停戦が合意された。その後、国際的な復興支援や政府によるLTTEの切り崩し策、LTTEによる断続的なテロなどが続いた。結局、2008年1月には、政府側から停戦の合意が破棄され、テロ・内戦が再燃した。2009年1月から、政府による北部・東部への大々的な軍事作戦が展開され、東部沿岸都市ムライティブ、さらにその西部にあるキリノッチが制圧された。2009年5月LTTEによる敗北宣言と指導者V・プラバーカランの死によって、半世紀に及ぶ武力によるタミル紛争は終焉(しゅうえん)を迎えた。しかし、マイノリティであるタミルの社会的・経済的・文化的な主張に対する、シンハラを主体とするスリランカ政府の施策は不明確である。また30年間に及ぶ紛争のなかで生じた国内外への100万人に及ぶ難民への対応は未解決である。

 今後も様相をかえて両者の対立・相克が再燃するのか、あるいは、民族対立を融和・解決するための紛争解決の新モデルが構築できるのか、スリランカだけでなく、21世紀の世界における多くの多民族社会に問われている課題であろう。

[重松伸司]

『田中雅一著「スリランカの民族紛争――その背景と解釈」(岡本幸治・木村雅昭編著『紛争地域現代史3 南アジア』所収・1994・同文舘出版)』『鈴木正崇著『スリランカの宗教と社会――文化人類学的考察』(1996・春秋社)』『川島耕司著『スリランカと民族――シンハラ・ナショナリズムの形成とマイノリティ集団』(2006・明石書店)』『内藤雅雄・中村平治編『南アジアの歴史――複合的社会の歴史と文化』(2006・有斐閣)』

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