精選版 日本国語大辞典 「た」の意味・読み・例文・類語

〘助動〙 (活用は「たろ(たら)・〇・た・た・たら・〇」。文語の助動詞「たり」の連体形「たる」の変化したもの。活用語の連用形に付く。イ音便の一部と撥音便に付く場合は、濁音「だ」となる) 過去あるいは完了の意を表わす。
① 動作・作用が過去の事柄であることを表わす。
※為忠集(鎌倉中か)「時きぬとふる里さしてかへる雁こぞ北みちへまたむかふなり」
洒落本・廓中奇譚(1769)舩窓笑語「『あのきくのかんざしはどふしなさった』『あれはお京さんとはぎでらへいったときおとした』」
② 動作・作用がちょうど完了したこと、また、その結果が現在継続していることを表わす。
※平家(13C前)四「先陣が、橋をひいたぞ、あやまちすな。橋をひいたぞ、あやまちすなと、どよみけれ共」
歌舞伎・姫蔵大黒柱(1695)一「俺が顔に此の中は面皰(にきび)が出来た」
③ 現在の事態についての強調や確認、また、未来の完了などを表わす。
四河入海(17C前)二三「なせに、なれは、千歳、いきたも、只一夢なる、程にそ」
※歌舞伎・一心二河白道(1698)一「万一の事が有った時は、兵衛殿より怨を受くると云ふもの」
④ (終止形だけの用法)
(イ) 強い決意や断言を表わす。
※虎明本狂言・牛馬(室町末‐近世初)「『牛に子細あらはかたれ』『畏た』」
(ロ) 軽い命令を表わす。
※浄瑠璃・博多小女郎波枕(1718)下「急ぎの者じゃ増(まし)やらふ、サア駕籠(かご)やった」
⑤ (連体形だけの用法) ある状態が継続していることを表わす。連体修飾語となって、体言の状態・性質などを形容する場合に多く用いる。…ている。…てある。近世以前には、連体形以外にも。
※天草本伊曾保(1593)イソポの生涯の事「カノ、ツマノ、comoriirareta(コモリイラレタ) イエノ アタリエ イッテ」
※歌舞伎・業平河内通(1694)二「なんぞかわったみやげをと存まして」
⑥ (仮定形だけの用法) 接続助詞的に用いる。
(イ) 動作・作用の完了したときを仮定する。文語の仮定表現「たらば」を受けつぐもので、現代語では、「ば」を伴わないのが普通である。
歌謡・閑吟集(1518)「いとほしいといふたら、かなはふず事か、明日は又讚岐へくだる人を」
(ロ) 過去の事実に反することがらを仮定する。
※天草本平家(1592)四「コノヤウニ アラウト xittaraba(シッタラバ) カネヒラヲ セタエ ヤルマジイ モノヲ」
(ハ) 過去においてある動作が完了したことを表わし、「…たところ」「…と」の意を表わす。文語の已然形「たれ」に助詞「ば」の付いた「たれば」が「たりゃ」を経て変化したものか。
※歌舞伎・幼稚子敵討(1753)口明「誰様じゃと思ふたら官様か」
(ニ) (終助詞的に用いる) 相手が言うことを聞かないために同じ言葉を繰り返し発して念を押すときに用いる。
※歌舞伎・小袖曾我薊色縫(十六夜清心)(1859)大詰「これさ、待ちねへと言ったら。ヲヲイヲヲイ親仁(おやじ)殿」
(ホ) (「…と言ったらない」を省略した言い方) あまり…するので驚いた、ということを表わす。→ったら
※美しい村(1933)〈堀辰雄〉序曲「山鶯だの、閑古鳥だのの元気よく囀ることといったら!」
[語誌](1)①の挙例「為忠集」は「来た」と「北」との掛詞とみられるが、さらに、「金葉‐連歌・六四〇」の「あづま人の声こそ北に聞こゆなれ〈永成〉 みちのくによりこしにやあるらん〈慶範〉」の「北」も方角を示す「北」と「来た」との、「こし」は「越」と「来し」との掛け詞と見られ、詞書の「ゐたりける所の北のかたに、声なまりたる人のものいひけるを聞きて」と合わせて考えると、都の「来し」に対して「来た」は「あずまことば」と見なされていたようである。「平家物語」では、武士のことばに多くみられる点なども、このことを裏書きしているといえよう。
(2)⑥について、(イ)(ロ)はタレバ→タリャの音転訛とみる説もあるが、文語の仮定表現を受け継ぐものと考えられる。一方、(ハ)は近世後期になって発達した用法で、確定表現のタレバからの音転訛とみられる。ただし、仮定の「たら」と意識の上で混同する場合もあったようで、確定表現でありながら「たらば」の形をとることがあるのは、その現われと言えよう。

〘名〙 「ため(為)」の古い語形か。「の」「が」を伴う句を受けて、それにかかわることを示す。…のため。多くは助詞「に」を伴って「たに」の形で用いる。
続日本紀‐天平勝宝元年(749)四月一日・宣命「種種(くさぐさ)の法(のり)の中には、仏の大御言(おほみこと)国家(みかど)護るが多(タ)には勝在(すぐれたり)と聞し召して」
※万葉(8C後)五・八〇八「龍の馬を吾は求めむあをによし奈良の都に来む人の多(タ)に」

係助詞「は」が、入声音(にっしょうおん) t で終わる字音語の下に来て連声を起こしたもの。能狂言に多く見られるが表記面にまでは現われない。
※虎寛本狂言・末広がり(室町末‐近世初)「それならば求度う御ざるが代物は(だいもっタ)いかほどで御座る」

〘接頭〙 動詞・形容詞・副詞などの上に付けて、語調をととのえる。「た謀る」「た易い」など。
※書紀(720)応神二二年四月・歌謡「誰か 多佐例(タされ)(あら)ちし 吉備なる妹を 相見つるもの」

格助詞「と」に係助詞「は」の付いた「とは」の変化したもの。「たあ」と長音にも用いる。
※不如帰(1898‐99)〈徳富蘆花〉上「彼が坂東太郎た見えないだらう」

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デジタル大辞泉 「た」の意味・読み・例文・類語

た[助動]

[助動][たろ|○|た|た|たら|○]《助動詞「たり」の連体形「たる」の音変化》活用語の連用形に付く。連用形が撥音便、およびガ行がイ音便となる場合には連濁で「だ」となる。
動作・作用が過去に行われた意を表す。「昨日出張から帰ってき
「時きぬとふる里さして帰るかりこぞき道へまたむかふなり」〈為忠集〉
動作・作用の完了を表す。「原稿をやっと書いよ」
「先陣が橋を引いぞ、あやまちすなと、どよみけれども」〈平家・四〉
実現していない動作・状態を仮に実現したと考えていう意を表す。「話が出時点で考えよう」「今度会っとき話すよ」
動作・作用の結果が存続している意を表す。…ている。…てある。「割れガラス窓から風が吹き込む」
「アル犬肉ししむらヲ含ンデ川ヲ渡ルニ、ソノ川ノ真ン中デ含ン肉ノ影ガ水ノ底ニ映ッヲ見レバ」〈天草本伊曽保・犬が肉を含んだ事〉
動作・存在の確認の意を表す。「あれ、君はそこにいの」「坊やは今年いくつだっ
命令の意を表す。「さあ、どんどん歩い、歩い
決意を表す。「もうやめ」「よし、その品買っ
(「…たらどうか」「…たらいかがでしょうか」などの形で)助言したり提案したり勧誘したりする場合に用いられる。「この件は継続審議ということにしたらいかがでしょうか」
[補説]4は連体形の用法。567は、終止形の文末における用法。仮定形「たら」は、多く「ば」を伴わないで「雨が降ったら中止だ」などと使われ、「遅いからもう帰ったら」のように文末に用いられて8の意を表す。

た[係助]

[係助]係助詞「は」が直前の字音語の入声音にっしょうおんツ・チと融合して音変化したもの。室町時代を中心に能・狂言・平曲などに行われたが、本文表記は「は」のままであることが多い。→[助詞]
「今日は(こんにった)瓜畑へ見廻うてようすを見うと存ずる」〈虎寛狂・瓜盗人

た[接頭]

[接頭]動詞・形容詞・副詞などに付いて、語調を整える。「ばかる」「やすい」「ゆらに」

た[五十音]

五十音図タ行の第1音。歯茎の無声破裂子音[t]と母音[a]とからなる音節。[ta]
平仮名「た」は「太」の草体から。片仮名「タ」は「多」の初3画。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「た」の意味・わかりやすい解説

五十音図第4行第1段の仮名。平仮名の「た」は「太」の草体から、片仮名の「タ」は「多」の初めの3画からできたものである。万葉仮名では「多、他、丹、駄、當、哆(以上音仮名)、田、立(以上訓仮名)」などが清音に使われ、「太、陀、大、嚢、娜(以上音仮名)」などが濁音に使われた。ほかに草仮名としては「(多)」「(堂)」「(當)」などがある。

 音韻的には/ta/(濁音/da/)で、上歯茎と舌との間で調音する無声破裂音[t](有声破裂音[d])を子音にもつ。東北地方や高知県などでは、「又(また)[mada]」「未(ま)だ[manda]」のように、t→d、d→ndに発音することもある。

[上野和昭]

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