翻訳|Turkic
広い意味のトルコ語。狭い意味のトルコ語がトルコ共和国語をさすのに対して,トルコ共和国語を含めて,アジア大陸,ヨーロッパ大陸に広く分布する同族のトルコ系諸言語のすべてをさす。ロシア語で,前者をトゥレツTurets語,後者をチュルクTyurk語といって区別するのに当たる。西はバルカン,クリミア(ほぼ東経21°)からボルガ川中流地帯,中央アジア,シベリアおよび中華人民共和国の新疆ウイグル自治区,そして東はレナ川流域(ほぼ東経160°)に至る広大な地域に分布するが,話し手の数は約4000万(数え方にもよるが数の上では世界第10位)である。一つの独立国(トルコ共和国),旧ソ連邦から独立した5共和国(ウズベキスタン,カザフスタン,アゼルバイジャン,キルギスタン,トルクメニスタン),ロシア連邦内の4共和国(バシコルトスタン,タタールスタン,チュバシ,サハ(ヤクート))とウズベキスタン内のカラカルパクスタン自治共和国の主要言語。モンゴル諸語,ツングース諸語,朝鮮語とよく似ており,これらとアルタイ諸語を形成する。
分布地域の広さの割に方言の違いが小さい。チュバシ方言,ヤクート方言を除けば,各方言の話し手は互いに会話ができるほどである。サモイロビッチA.Samoilovičによると,チュルク語はまずR方言(tǎhhǎr〈九つ〉)とZ方言(dokuz,tugəz〈九つ〉)とに分類される。前者にチュバシ語,後者にそれ以外のすべての方言が属する。Z方言はさらにD群(atak,adak,azak〈足〉)とY群(ayak〈足〉)とに分かれ,前者にヤクート,トゥバ(旧ソヨート,ウリヤンハイ),カラガス,ハカス,アバカン,ショルの各方言が,後者には残るすべての方言が属する。いわゆる〈オイロート語〉もこの後者に属する。
チュルク語では,他のアルタイ諸語よりも一般に厳格な母音調和が行われている。トルコ共和国語(トルコ語)を例にすると,八つの母音音素が/a,o,ı,u/と/e,ö,i,ü/の二つの群に分かれ,それぞれに属する母音音素が互いに同一の文節内で共起することがない。ayakという語はありうる(し,現にある)が,ayekなどという語はありえない。他のアルタイ諸語のように,どちらの群とも共起しうる第3の中立群はない。さらに,同一の文節内で,/u,ü,(o,ö)/は/u,ü,o,ö/の次にしかこないという制限がある。例:gör-ün-dü〈見えた〉(gör〈見る〉,görün〈見える〉),bil-in-di〈知られた〉(bil〈知る〉,bilin〈知られる〉)。その上,語幹の最後の母音音素に応じて交替する接辞の母音音素が/u,ü,(o,ö)/と/a,e,(o,ö)/とに分かれ,それぞれに属する母音音素が互いに(接辞の内部で)共起することがない。例:bul-du〈見つけた〉,gör-dü〈見た〉,al-dı〈取った〉,bil-di〈知った〉,bul-acak〈見つけるだろう〉,gör-ecek〈見るだろう〉,al-acak〈取るだろう〉,bil-ecek〈知るだろう〉。
人称を接辞で表すのは,他のアルタイ諸語にないわけではないが,チュルク語ではきわめて一般的である。チュバシ語を例にすれば,pullǎm〈わたしの魚〉,pullu〈お前の魚〉,pullǎmǎr〈わたしたちの魚〉,pullǎr〈お前たちまたはあなたの魚〉,pulli〈彼または彼らの魚〉。なおpullǎは〈魚〉である。動詞では,kalaram〈わたしが言った〉,kalarǎn〈お前が…〉,kalarě〈彼が…〉,kalarǎmǎr〈わたしたちが…〉,kalarǎr〈お前たちまたはあなたが…〉,kalarěz〈彼らが…〉。語順は,主語→述語,客語→述語,修飾語→被修飾語の順で,日本語とまったく一致する。たとえば,ハカス語で,Min(私は)ib-deŋ(家-から)pičik(手紙(を))al-dy-m(受けとった〈私が〉);Kičig(小さい)pala-lar(子ども-たち)となる。語彙(ごい)にはロシア語とアラビア語からの借用語が目だつ。前者は比較的新しいことで,トルコ共和国語にはロシア語からの借用語はない。後者は数世紀の歴史をもち,話し手がイスラム教徒でないチュバシ,ヤクート,アルタイの諸方言にも及んでいる。しかし,アラビア語の影響はだいたい北と東へいくほど薄く,南と西へいくほど濃い。たとえば〈手紙〉を意味する語は,次のように南と西へいくほどアラビア語からの借用語maktubを使う方言が多くなる。例:ハカスpičik,トゥーバčagaa,バシキールhat,カザフhat,ノガイhat,チュバシzyru,ウイグルhat・məktup,ウズベクhat・maktub,アゼルバイジャンməktub,トルコmektup。
正書法は旧ソ連邦内のチュルク系各共和国ではロシア文字,トルコ共和国ではラテン文字(ローマ字),中華人民共和国の新疆ウイグル自治区のウイグル人はアラビア文字(旧ソ連邦内のウイグル人はロシア文字)である。トルコ共和国では1928年以前はアラビア文字,チュルク系各共和国では39年ごろまでの10年足らずの間はラテン文字,それ以前は,イスラム教徒の各種族はアラビア文字を使っていた。チュルク語の最も古い文献は732年と735年の日付のある突厥(とつくつ)碑文で,特別の文字(突厥文字)で書かれている。11世紀以後は古代ウイグル語の文献が残っており,その最も重要なものは1069・70年の日付のある《クタドグ・ビリク》と称する教訓詩である。14~15世紀ころから各地にそれぞれ文字言語が発達した。そのうち,オスマン・トルコ語とチャガタイ・チュルク語が最も発達した。前者は現代トルコ共和国語の前身で,セルジューク時代のアナトリア・チュルク文語を経て,中央アジア・チュルク語にさかのぼる。後者は15世紀のティムール朝で発達した文語で,いわゆるチャガタイ文語(チャガタイ語)として後世まで諸種族間の共通語として行われた。これらの古い文献にみえるチュルク語は現代チュルク諸語とよく似ている。
執筆者:柴田 武
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…これらの諸言語が互いに親族関係にあってアルタイ語族をなすとの説が有力で,さらに朝鮮語や日本語をも含めた親族関係が問題にされることがある。分布地域は広く,一部で重なり合いながら東ヨーロッパからシベリアに及ぶが,チュルク諸語は中央アジアを中心に東ヨーロッパ,中国西部,シベリアの南部・中部などに話されており,モンゴル諸語はモンゴル,中国の内モンゴル地方を中心に,ボルガ川中流,アフガニスタン,シベリアのバイカル湖付近などに分布する。ツングース諸語は中国の新疆ウイグル自治区,東北地方などに一部話されているが,沿海州やシベリア中部から東部にかけて分布する。…
…トルコ系言語(チュルク諸語)を話す人々が,かつて中央アジア(旧西チャガタイ・ハーン国領を含む)で用いていた文字言語。この古典文語は大部分アラビア・ペルシア文字によって表記されていて,ティムール朝(1405‐1506)で発達し,国家の公用語・外交語として用いられ,また詩人アリー・シール・ナバーイーの作品に代表される文学語でもあった。…
…突厥時代に建置された突厥碑文やウイグル帝国時代の碑文,さらにはエニセイ川流域のエニセイ碑文などに突厥文字を用いて刻まれたチュルク語のことを一般に突厥語と呼んでいる。これらの碑文は,チュルク諸語文献中最古のもので,突厥語は古代チュルク語の主要な部分を構成している。突厥語は,言語資料としては量の多いものではないが,チュルク語史やアルタイ語比較研究にとってはきわめて重要な役割を果たす。…
…印欧語については,ロマンス語の音韻史,ゲルマン語とバルト語との関係,ゲルマン語およびバルト語とフィン語との関係についての論文がある。1893年,シベリアのオルホン川,エニセイ川両河岸で発見された碑文を解読し,最古(8世紀)のチュルク語(チュルク諸語)資料を提供した業績は世界言語学史上に輝くもので,日本の東洋史家の間に古くから知られている(1894年刊《オルホンおよびエニセイの碑文の解読》,1896年刊《解読されたオルホン碑文》)。のち,ヒンディー語,サンターリー語を研究した。…
…狭義ではトルコ共和国の言語をさし,広義ではアジア大陸,ヨーロッパ大陸に広く分布するチュルク諸語をさす。トルコ語を母語とする者は,トルコ共和国に1990年現在で約5195万人(共和国の人口の約92%),ブルガリア,ルーマニア,ギリシア,旧ユーゴスラビアなどにも少数いる。…
※「チュルク諸語」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新
10/1 共同通信ニュース用語解説を追加
9/20 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新