翻訳|Thespis
前6世紀中葉に活躍したと伝えられる古代ギリシアの悲劇詩人。生没年不詳。僭主ペイシストラトス時代のアテナイの大ディオニュシア祭において初めて悲劇を上演したと伝えられるが,作品もその断片もまったく伝存していない。役者の登用や,演劇用の語り言葉の創出,布製の仮面使用なども彼に負うとされ,現在でもThespianという英語が〈演劇・戯曲の〉という形容詞のほか,〈悲劇役者・俳優〉を表す名詞として用いられるほどだが,確実な証拠はない。しかしその出身地イカリアは古くよりディオニュソス祭祀で知られており,この地方に演劇発生とのかかわりがあった可能性は否定できない。また,テスピスが活躍したとされる時代に,アクロポリス南側のディオニュソス劇場の最古の礎石が敷かれていることも考古学的に認められており,最初の演劇的試みがなされうる舞台は整っていた観もある。しかし彼が実在したのか,あるいはその名は後世のペリパトス学派の学者が案出したものにすぎないのかどうかについての最終的解答はまだ得られていない。
執筆者:久保 正彰
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古代ギリシアで紀元前6世紀後半に活躍したとされ、悲劇の発見者とよばれる人物。悲劇の競演はアテナイ(アテネ)で国家的行事と定められたが、前534年、テスピスはさっそくこれに合唱隊を率いて登場し、自分はひとり離れた長として合唱隊相手の対話を行い、この第一俳優なるものの創始によって悲劇発展の基礎を確立したという。また、断片すら残っていないが、作品を書き、仮面の導入のほか、盛時の悲劇が備える体裁を整えたのも彼の功績と伝えられる。だが、これらの伝承はすべて遠い後代にみいだされるものであり、はたして現存の悲劇がどの程度までテスピスの発明に負うているかは定めることができない。やはり伝説的人物とみなしておくべき存在であろう。
[細井雄介]
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…このような古い歌舞音曲の場を背景として,役者が仮面を着用し神話や伝説の人物に扮して台詞(せりふ)を語ることが,演劇誕生の最初の契機となったのであろう。詩人テスピスがアテナイのディオニュソスの大祭(ディオニュシア祭)で初めて悲劇詩人として登場した(前536‐前533年ころ)という伝承は,おそらくその辺の事情を告げるものと解される。当時アテナイは僭主政の下にあったが,やがて民主政が施行されるに及んで演劇はますます興隆をきたす。…
※「テスピス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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