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南千島 ミナミチシマ

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デジタル大辞泉の解説

みなみ‐ちしま【南千島】

千島列島のうち、南の択捉(えとろふ)国後(くなしり)色丹(しこたん)歯舞(はぼまい)などの島々。第二次大戦後、ソ連の統治下となったが、日本が返還を主張している。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

南千島
みなみちしま

太平洋カムチャツカ半島南端から北海道東端にかけて連なる千島列島の最南部。元来は国後(くなしり)・択捉(えとろふ)両島をさすが、現在では歯舞(はぼまい)群島や色丹(しこたん)島などをも含めて「北方四島」をさすことも多い。択捉島の北東に続く得撫(うるっぷ)島との間にある択捉海峡には、生物地理学上顕著な境界線の宮部線が通る。南千島はもっぱら日本人の手で開拓された歴史をもち、第二次世界大戦中の人口は1万2036(1942、色丹村を含み歯舞諸島(歯舞群島)を含まない)で、北千島、中千島に比べて圧倒的に定住者が多かった。彼らの多くは沿岸漁業に従事し、一部に企業的な捕鯨、水産缶詰加工、牧畜、鉱山経営(硫黄(いおう)と褐鉄鉱)があった。春夏の漁期には北海道や東北地方から多数の繰り込み漁夫を迎えた。国後島の泊(とまり)(ゴロウニノ)、古釜布(ふるかまっぷ)(ユージノ・クリリスク)、択捉島の紗那(しゃな)(クリリスク)などの主要集落はいずれも海岸にあり、錨地(びょうち)を兼ね、根室(ねむろ)や函館(はこだて)との間に航路があった。1945年(昭和20)8~9月ソ連は南千島を占領、1947年サハリン州に所属せしめ、そのクリル地域とした。戦後は温泉熱利用の施設園芸、魚類孵化(ふか)事業などが注目されるが、相当の軍事施設もあるといわれる。ソ連解体後はロシア連邦が支配している。[渡辺一夫]

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世界大百科事典内の南千島の言及

【千島列島】より

…動物は列島全域にキツネが見られるが,北海道に生息するヒグマ,リス,ウサギなどは南部に多く,北部になるにしたがって少なくなる。 第2次大戦前,列島は地理的にみて,南千島,中千島,北千島の3地域に分けられていた。南千島と中千島は,択捉海峡によって,中千島と北千島はオネコタン海峡によってそれぞれ境界とされていた。…

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