トリスタンとイゾルデ(読み)とりすたんといぞるで(英語表記)Tristan und Isolde ドイツ語

日本大百科全書(ニッポニカ) 「トリスタンとイゾルデ」の意味・わかりやすい解説

トリスタンとイゾルデ(物語)
とりすたんといぞるで
Tristan und Isolde ドイツ語
Tristan et Iseut フランス語

西欧における情熱恋愛概念の淵源(えんげん)をなす中世の物語。伝承の源流はケルト説話とみなされているが、現存する物語作品として最古のテキストは12世紀後半にベルールBéroulおよびトマThomasによって別々に書かれたフランス語韻文『トリスタン物語』で、両者に共通する失われた原典も12世紀なかばまでに書かれたと推定される。両作品とも現存するのは部分的断片群であるが、ベルール作品と共通の材源による12~13世紀のドイツの詩人アイルハルト・フォン・オーベルゲEilhardt von Oberge作品、トマ作品を主たる材源とする13世紀のドイツの詩人ゴットフリート・フォン・シュトラスブルクGottfried von Straßburg作品という二つのドイツ語テキスト、2種の『トリスタン佯狂(ようきょう)』Folie Tristanなどにより物語の全容を知ることができる。

 幼くして両親を失ったトリスタンは長じて伯父マルク王の宮廷災いから救うが、くしくもアイルランドの王女イズーを伯父の花嫁として獲得、連れて戻る船中で誤ってともに秘薬を飲み、宿命的な恋に陥る。以後、2人は密会露顕、駆け落ち、別離再会を繰り返すが、最後はお互いの恋ゆえに死に至る。

 キリスト教倫理の支配下における情熱恋愛の主題を徹底的に追求したこの物語は、中世以後いったん忘れられたが、19世紀にワーグナー楽劇『トリスタンとイゾルデ』により象徴主義の新しい主題のもとによみがえった。今日、中世諸テキストの研究も盛んである。

天沢退二郎

『ベディエ編、佐藤輝夫訳『トリスタン・イズー物語』(岩波文庫)』『佐藤輝夫著『トリスタン伝説』(1981・中央公論社)』


トリスタンとイゾルデ(ワーグナーの楽劇)
とりすたんといぞるで

ワーグナーが中世の伝説をもとに作詞・作曲した楽劇(原題では「三幕の劇」Handlung in drei Aufzügen)。騎士トリスタンは、年老いたマルク王の花嫁と定められたアイルランド王女イゾルデを、王の居城コーンウォールへ護送する。イゾルデは船旅途上、かつて自分の許婚(いいなずけ)を殺したトリスタンとともに毒杯を仰ぐことによって復讐(ふくしゅう)を果たし、屈辱的な結婚を拒否しようとするが、侍女ブランゲーネが毒を媚薬(びやく)にすり替えていたために2人は激しい恋に陥る。やがて2人のあいびきは発覚し、トリスタンは王の従臣の剣で深手を負う。事情を知った王が許しを与えるためイゾルデとともにトリスタンの居城ブルターニュに到着したときはすでに遅く、彼は絶命し彼女も息絶える。「愛」が「死」や「夜」と深く結び付き、現世から解き放たれようとする憧憬(しょうけい)が強く表現されているこの作品は、19世紀ロマン主義の理想を端的に具現したものといえよう。また作曲技法の面では半音階を多用して、近代西洋音楽の基礎をなす「機能和声」を崩壊させたと評価されるほど斬新(ざんしん)な書法を開発、同時代と後世に与えた影響には計り知れないものがある。作曲は1859年に完了しているが、演奏が困難なため、1865年にようやくミュンヘンで初演された。日本初演は1963年(昭和38)ベルリン・ドイツ・オペラの来日公演。

[三宅幸夫]

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