詩と音楽の統一体としてのオペラを意味する概念で、音楽が間奏曲として副次的にのみ用いられる「音楽劇」Das musikalisches Dramaとは区別される。楽劇の概念は、19世紀ドイツの美学者テオドール・ムントの『批評の森』(1833)に初めて登場する。オペラにおける詩と音楽の統一は、すでに創始期におけるフィレンツェの文人グループ、カメラータCamerata(仲間の意)の人々、さらにはモンテベルディやグルックにおいても認められる思想であるが、それを『オペラとドラマ』(1851)などの著作で理論的に追究し、実践的に貫徹しえたのはリヒャルト・ワーグナーにほかならない。
ただし彼自身は、音楽劇との混同を避けるために、楽劇という名称は否定し、新たに「全体芸術作品」Gesamtkunstwerkという概念を提唱した。これは諸芸術の寄せ集めではなく、本来一つであった諸芸術を「ドラマ」の実現のために統合しようという思想である。したがってワーグナーは自作品の表題にも楽劇の名称は用いていないが、一般には『ラインの黄金』(1854)以降の作品が楽劇とよばれている。伝統的な番号オペラにおけるレチタティーボとアリア(叙唱と詠唱)の区分は放棄され、「無限旋律」が、「ライトモチーフ」によって規定されたオーケストラにのって有機的発展を遂げる独自の様式がそれであり、規則的な楽段(大楽節)構造のないこの様式は、「散文音楽」musikalische Prosaともよばれる。
ワーグナーの影響の強いペーター・コルネリウスPeter Cornelius(1824―74)、R・シュトラウス、プフィツナーらのオペラも楽劇の名でよばれている。
[樋口隆一]
『渡辺護著『リヒャルト・ワーグナーの芸術』新版(1987・音楽之友社)』▽『C・ダールハウス著、好村富士彦・小田智敏訳『リヒャルト・ワーグナーの楽劇』(1995・音楽之友社)』
オペラの一種。特に19世紀後半のドイツにおけるR.ワーグナーとその後継者の作品をさす。オペラとの相違は明確でないが,楽劇は従来のオペラに対する創作理念上の反省とその実践としての意味を持つ。劇と音楽との高次の一体化を志向する点で18世紀のグルックによるオペラ改革とも比べられるが,ワーグナーはより明確な美学的・理論的基礎付けをもって,音楽が劇よりも重視されていた従来のオペラを批判し,劇こそが究極の表現目的であり,音楽,文学,舞踊,絵画,建築などあらゆる種類の芸術が劇的な表現目的のために統一,融合されるべきであると説く〈総合芸術論〉を主張した(論文《未来の芸術作品》1849)。その結果,すぐれた韻文(特に中世ドイツ詩風の頭韻)の台本が要求され,ワーグナーは自作のすべての台本を自ら執筆している。音楽もこうした台本に適応するものが要求される。さらに,アリア,二重唱,合唱など独立した楽曲に番号を付した従来の番号オペラ制を廃止し,各幕は1幕ないし1場を通じて音楽が切れ目なく進行し(無限旋律),歌はアリアとレチタティーボの中間の様式(アリオーソ)で書かれる。ライトモティーフが効果的に多用され,大管弦楽は単なる伴奏ではなく,歌と一体となって交響曲を思わせる有機的な展開を示す。これらに相当する作品は《ローエングリン》(1848)の後の諸作品,《トリスタンとイゾルデ》《ニュルンベルクのマイスタージンガー》《ニーベルングの指環》《パルジファル》である。
楽劇という用語は既に1833年にムントTheodor Mundt(1808-61)が提唱しているが,ワーグナー自身は自作にこの名称を付さず,72年の論文で自作が楽劇と呼ばれていることに異議を唱え,むしろ無名の芸術的所作であることを強調している。
ワーグナーと並ぶオペラ作曲家ベルディも,異なる様式で劇と音楽との高度な統一を実現させているが,楽劇の名称は一般に,ワーグナーのほか,フィッツナー,特にR.シュトラウスの作品《サロメ》《ばらの騎士》などに用いられる。日本ではベルリンで学んだ山田耕筰が,帰国後〈日本楽劇協会〉を設立(1919),自らも《堕ちたる天女》《香妃(シャンフェイ)》《黒船(夜明け)》などを作曲している。
執筆者:土田 英三郎
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…こういうロマン的ベートーベン像が生きていた当時には,シューマンなどの世代は〈新ロマン主義者Neuromantiker〉と呼ばれもした。この言葉は現在はほとんど用いられないが,19世紀中葉以後に台頭した,リスト,ワーグナーを中心とする交響詩・楽劇への運動を〈新ドイツ楽派Neudeutsche Suhule〉の名で呼ぶことは今日もよくなされる。こういう標題音楽的傾向は,交響曲に代表される器楽の純粋な表現性を守るメンデルスゾーン,シューマンの行き方に対して,世紀後半には優勢になっていった。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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