ニーベルングの指環(読み)にーべるんぐのゆびわ(英語表記)Der Ring des Nibelungen

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ニーベルングの指環」の意味・わかりやすい解説

ニーベルングの指環
にーべるんぐのゆびわ
Der Ring des Nibelungen

ワーグナーが北欧神話や伝説を素材として物語を構成し、自ら作詞・作曲した壮大な規模の楽劇。序夜「ラインの黄金」Das Rheingold、第一夜「ワルキューレ」Die Walküre、第二夜「ジークフリート」Siegfried、および第三夜「神々の黄昏(たそがれ)」Götterdämmerungからなり、上演に四晩、延べ十数時間を要するオペラ史上最大の作品である。

 物語は、黄金の指環(世界支配の権力の象徴)をめぐって、地下に住む小人のニーベルング族(代表はアルベリッヒ)と天上に住む神々(代表はウォータン)が相争う過程を描き、ついには両者が滅亡して世界が崩壊する結末。愛を捨てて権力を執拗(しつよう)に求めるアルベリッヒと、世界支配の夢を捨て切れないウォータンの確執を軸として、ウォータンと人間の女性の間に生まれた兄ジークムントと妹ジークリンデの悲運の愛、その2人から生まれた英雄ジークフリートの成長と期待を裏切る非業の死、そしてアルベリッヒの弟ミーメの奸計(かんけい)、ハーゲン(アルベリッヒの子でギービヒ家の長グンターの異父兄)のジークフリートへの冷酷な復讐(ふくしゅう)など、さまざまな事件が相互に関係しながら展開してゆく。最後は、ウォータンの娘でジークフリートの妻となったブリュンヒルデの自己犠牲によって旧世界が没落し、新しい世界の到来を期待させて終わるが、これは物語というよりも、むしろ所有欲、愛欲、憎悪といった人間の原始的感情が絡み合った巨大な複合体であるといえよう。

 音楽はドラマの要求するところに従って、きわめて叙情的なもの(「ワルキューレ」第一幕)から、きわめて叙事的なもの(「神々の黄昏」第三幕)に至るまで実に幅広い表現をとっているが、それによって生じる多様性を、ワーグナーは示導動機の手法を用いて統一している。つまり、彼は特定の登場人物、事物観念などにそれぞれ固有の音型(動機)を配し、これらを曲全体に網の目のように張り巡らせることによって音楽を構成したのである。その意味で、「指環」の音楽は示導動機の巨大な複合体といえよう。なお、ワーグナーは、当初の構想から完成まで、中断した時期を含めると30年もの歳月を費やしたこの作品を、単なるオペラではなく「舞台祝典劇」Bühnenfestspielと考え、作品の理想的な上演を可能にする特別な劇場まで自ら設計するほど力を入れていた。そして彼の理想は「バイロイト祝祭劇場」として実現し、この劇場の杮落(こけらおと)しとして1876年8月に「指環」全曲の初演が行われて以来、同地は現在に至るまでワーグナー芸術のメッカとなっている。なお「ラインの黄金」は1869年、「ワルキューレ」は1870年ともにミュンヘンで初演されている。日本人による上演は「ラインの黄金」(1969)、「ワルキューレ」(1972)、「ジークフリート」(1983)までが二期会の手で行われた。

[三宅幸夫]

『ウル・デ・リコ著、川西芙沙訳『ニーベルングの指環』(1984・サンリオ)』

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