改訂新版 世界大百科事典 「トルコ音楽」の意味・わかりやすい解説
トルコ音楽 (トルコおんがく)
内陸アジアから西漸し現在のアナトリアに居を定めたトルコの音楽は,中央アジア起源をしのばせるような民俗音楽をもつ一方,西漸途中で接触した種々の民族の影響をもとりこんだのである。現在その音楽は大きく次の四つに分けられる。(1)民俗音楽,(2)軍楽,(3)宗教音楽,(4)芸術音楽。
(1)民俗音楽 まだ生き生きとした伝統を保つが,おもにラジオやレコード,テープ産業の影響が強まりつつあり,民俗音楽グループが各地で設立され,新しい命を吹き込もうとしている。民謡はチュルキュtürkü(〈トルコ人の〉の意)と総称され,芸術歌曲シャルクşarkı(〈東方の〉の意)と明確に区別される。民謡は二つの対照的な様式に分けて考えられ,それは中央アジアのモンゴル民謡とも共通するもので,ウズン・ハワ(長い旋律)とクルク・ハワ(切れ切れの旋律)である。前者は自由なリズムで広い音域の下降的旋律線や豊かな装飾音をもつ歌で,一般にボズラックbozlakと呼ばれる歌や死者への悲歌アウートâğıtなど。後者は明白な拍子で音域は比較的狭く,装飾やメリスマはほとんどないシラビックな歌で,オユン・ハワoyun hava(踊り歌)に多い。
旋律は主として7音音階に基づくが,増2度音程や半音より狭い微小音程を含む。また拍子は非常に多彩で,単純な拍子に加え5,7,11拍子や8拍子を3・3・2と分割するなど,付加的拍子を多く用いる。たとえば,2・2・2・3の9拍子はアクサックと呼ばれ,4拍子の最後の拍が1.5倍長くされた結果,そこでつまずくような効果を生じる特徴的な拍子である。
民謡の伴奏によく使われる楽器に,長い棹の撥弦楽器バーラマがあり,この種のものをサーズと総称する。民俗音楽の楽器にはほかに羊飼いの縦笛カワール,短い笛デュデュックなどがあり,オーボエ属のズルナ(スルナイ)は両面太鼓ダウール(タブル)といっしょに踊りの伴奏に用いられる。黒海地方には特に3弦の小型弓奏楽器ケメンチェ(カマーンチェ)やバッグパイプのトゥルムがある。
(2)軍楽 伝統的な楽器や衣装をつけたトルコの軍楽隊のことをメヘテルハーネという。オスマン帝国で発展し,勇猛な軍隊とともに西欧に知られ,いわゆるトルコ行進曲やブラスバンドを生むきっかけとなった。おもな楽器はダウールとズルナで,ほかにトランペットのボル,ナッカーラ,シンバルのジル,歌い手が手に持って振り鳴らす鈴やベル付の新月をかたどった棒チャガーナ,1対の大型の鍋形太鼓ケスで,これは後の西欧のティンパニの祖である。軍楽は当時イエニチェリ(〈新しい兵士〉の意)のエリートが演奏した。
(3)宗教音楽 一般にイスラムの正統的な教えでは,ごくわずかの音楽形式を許すにすぎない。たとえばコーランの朗読や,1日5回,モスクの塔からのムアッジンによるアザーン(祈りへの呼びかけ)などである。一方,コニヤを中心としたメウレウィー教団は旋回舞踊と音楽と詩を重要視し,毎年12月に彼らの創設者ルーミーの命日のために,この神秘主義教団の儀式が行われる。その音楽は芸術音楽と同じ基盤をもつ。
(4)芸術音楽 ペルシア・アラビア音楽の伝統を受け継ぎ,統合・集大成したのがトルコの伝統的芸術音楽あるいは古典音楽である。とはいえ,そこにはトルコ人的特質が明らかである。たとえば,その音楽は同じ旋律を全員で合奏したり斉唱するといったように,まったく単旋律的性格のもので,そこに生ずるヘテロフォニーも含めて全体の音のバランスのよさを追求するものである。こうしたバランスの概念は音楽形式や演奏会のプログラムの組み方にも表れる。
旋律はマカームと呼ばれる旋法に基づき,そこには細かい微小音程や増音程を含んだ膨大な理論体系をもつ一方,拍子はウスールusulと呼ぶ旋律型に基づく理論があり,5,7,9拍子といった付加的拍子も含め種々の拍子がある。また,器楽の即興演奏タクシームでは拍子にはとらわれず自由リズムで独奏する。作曲形式には器楽で,ペシュレフ(序奏)やサーズ・セマイ,声楽でシャルクやベステなどがある。同じマカームの楽曲を集め,器楽と声楽を組み合わせた演奏プログラムのことをファスルという。
おもな楽器には,ネイ,ウード,タンブール,カマーンチェ,カーヌーン,1対の小型鍋形太鼓クデュム,タンバリンのドゥッフなどがある。
伝統的古典音楽は今やトルコの音楽生活の中では小さな役割を担うにすぎない。種々のラジオ局の音楽番組は週に数時間の伝統的芸術音楽を流すにすぎず,おもに流れるのは西洋音楽であり,それよりも娯楽的音楽や編曲された民俗音楽や強烈な国民的色彩をもった流行歌が圧倒的支持を受けている。学校での音楽教育は西欧式に行われているが,自国の音楽に対してもゆるやかではあるが興味が向けられつつある。
執筆者:小柴 はるみ
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報