音楽における多声進行の諸形態の一つ。合奏(歌と器楽の伴奏,合唱をも含む)において,複数の声部が基本的に同一の旋律を奏しながらも,一糸乱れずにユニゾンで進行するのではなく,それぞれが一時的に原旋律から逸脱し,旋律的・リズム的に変奏を行うもの。各声部は独立しており,他声部の音との協和はほとんど考慮されない。
ヘテロフォニーという術語の起源は古代ギリシアにさかのぼり,プラトンが《法律》の第7巻で用いている。ただしプラトンが具体的にどのような音現象を指したのかは定かでないが,字義通り〈異音性〉と解し,2声部ないしそれ以上の多声部による(偶発的)同時変奏の意にこれを用いたのはドイツの学者シュトゥンプである。
ヨーロッパでも中世の教会音楽や世俗音楽にヘテロフォニーの要素が認められ(図1),また近代音楽の中でも主旋律とそのメリスマ的変奏が同時に奏されてヘテロフォニーを形成する例も散見する(図2)。
アジアの伝統音楽の中には,基本的にヘテロフォニーとしてとらえられるテクスチュアをもつ合奏形態が多い。東アジアでは,日本の雅楽における篳篥(ひちりき),笛,笙の旋律的からみ合い,近世邦楽における歌と三味線の不即不離の関係,および箏,三弦,胡弓,尺八の合奏における旋律的・時間的〈ずれ〉の現象もヘテロフォニーである。同様のずれは朝鮮半島の雅楽や歌楽にもみられ,また中国やモンゴルの歌と伴奏楽器の間にも頻繁に起こる。これは元来,アジアの音楽がメリスマに富み旋律的装飾がきわめて豊かであること,各楽器固有の演奏技法から生ずる個性的表現を尊重する姿勢から生まれたものといえる。こうしたヘテロフォニーは民俗的段階では無意識的・偶然的に生まれるが,古典音楽ではむしろ意識的・必然的にヘテロフォニーが用いられ,このずれを芸術的表現手段としている場合が多い。
さらにインドや西アジアでは,変化と即興性を重んじるところから,各声部が応唱や模倣反復の技法,あるいはドローンを使って部分的にはポリフォニックな音現象をもつくり出す。また東南アジア一般の合奏形態において,とりわけジャワやバリ島のガムランでは,多くの声部から成る楽器と声とがさまざまなレベルで変奏を重層的に行い,しかも各声部が明瞭に識別できるようにくふうがなされた高度に技巧的なヘテロフォニーを発達させている。その中で特に顕著なのは,ジャワでインバルimbalの技法とか,バリでコテカンkotekanと呼ばれる技法で,一つの変奏的対位旋律を2人の奏者が互い違いに弾き分ける奏法である。また日本の地歌,箏曲の本手・替手式の合奏形式も高度に発達したヘテロフォニーとみることができる(図3)。
執筆者:柘植 元一
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音楽において多声性のテクスチュア(音構成原理)を形成する方式の一つ。「異音(性)」を意味するが、まったく異なる旋律を複数声部に同時に割り当てる狭義のポリフォニーとは違って、基本的に同一ないし類似した旋律の変形(群)を同時に聞かせるアンサンブルの方式をさす用語として限定的に用いるのが普通である。その具体的な方法としては、単純明解な旋律を一つの声部に任せておき、その安定した基礎のうえにのった形で装飾音型を重ねる方式が多く、ヨーロッパの中世教会声楽オルガヌムやバロック期の定旋律利用多声楽、日本の三味線音楽での楽器と声の関係、アジア諸民族の合奏形式(ガムランなど)に典型的にみられる。しかし、多声性やヘテロフォニーといった用語ないしその概念自体が西欧的な分類思考の所産であるため、非ヨーロッパ世界の音楽の重奏的テクスチュアの多様性を説明するためには、それぞれの文化での用語体系に立脚する必要があり、日本の場合、不即不離(つかず離れず)、ずれ(ずらし)といった用例が適切である。
[山口 修]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…音楽は純粋な単旋律であるモノフォニーと,複数の音が同時的に鳴らされる多声的な音楽とに大別される。後者は多声性(あるいは多音性)という概念で総括されるが,これにはポリフォニー,ホモフォニー,ヘテロフォニーなどが含まれる。いずれも音の水平的連続(旋律)と垂直的な響き(和音)から成り立つことで共通しているが,ポリフォニーは,とくに複数の声部が互いに独立的に進行し,横の線的な流れに重点が置かれるような音楽あるいはその作曲様式をいう。…
※「ヘテロフォニー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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