ドナウ派(読み)ドナウは(その他表記)Donauschule
Donaustil

改訂新版 世界大百科事典 「ドナウ派」の意味・わかりやすい解説

ドナウ派 (ドナウは)
Donauschule
Donaustil

南ドイツ,バイエルンのレーゲンスブルクパッサウからウィーンに至るドナウ河畔で16世紀前半に活動した一群の画家をさす。アルトドルファー,フーバーWolf Huber(1485-1553),フリューアウフ(子)Rueland Frueauf,初期のL.クラーナハなどが中心で,その他ヒルシュフォーゲルAugustin Hirschvogel,ラウテンザックHans Sebald Lautensackなどの版画家もあげられる。彼らは一派を形成したわけではなく,また個人的なつながりもほとんどなかったが,ドナウ河畔の美しい自然に対する風景感情のめざめという点で共通していた。風景画というジャンルがまだ確立せず,実景を写すことも一般的でなかった当時にあって,ドナウ派が風景画史上に果たした役割は少なからぬものがある。当時のイタリアの風景描写が,多かれ少なかれ理想化されていたのに比べ,ドナウ派のそれは画家と自然との直接のふれ合いから生ずる清新な抒情性をたたえており,この点で同時代のJ.パティニールやブリューゲルなどネーデルラントの風景画とも一線を画している。とりわけ,うっそうと生い茂る森ないし樹木の描写は,ドナウ派の大きな特色の一つとなっているが,その空間描写には二つのタイプがある。一つはアルトドルファーの《聖ゲオルギウス》に代表されるような森の内部の閉ざされた密室のような空間であり,もう一つは山や川なども含めたパノラマ風の広大な空間である。いずれの場合にも,人間は自然との対比において二次的な,しばしば点景にすぎない存在であり,この点でも,風景が人物の背景としてとらえられているイタリア・ルネサンス絵画とは異なっている。アルトドルファーの《ドナウウェルトの眺め》は,人物を全く含まない油彩による純粋な風景画としてヨーロッパ最初の例とされるが,ここに漂うロマンティックな抒情性は,19世紀のロマン派のいわゆる〈情調の風景Stimmungslandschaft〉を予告している。なお,ドナウ派という名称は,19世紀末にドイツの美術史家フリンメルTheodor von Frimmelが用いだしたもので,その後一般的な用語として定着した。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ドナウ派」の意味・わかりやすい解説

ドナウ派
どなうは
Donauschule

16世紀前半におけるドイツ絵画の一流派。南ドイツのドナウ川流域地方を中心とする。ドナウ派のロマンチシズムといわれるこの派の共通した表現は、森林の多いこの地方の神秘的、浪漫(ろうまん)的な風景の中に、自然と人間との交感をドラマチックに描くのが特色である。代表的な画家としてはアルトドルファーおよびフーバーWolf Huber(1485―1553)があげられる。パッサウの画家フーバーには、代表作としてオーストリアのフェルトキルヒ教区教会の祭壇画『キリスト哀悼』や、『エジプトへの逃亡』(ベルリン絵画館)がある。初期のクラナハ(大)および初期のブロイ(大)Jörg Breu(1475ころ―1537)にもこの派の影響が認められる。アウクスブルクの画家ブロイの代表作はツウェットル聖堂の「ベルンハルトの祭壇」である。版画ではニュルンベルクに生まれウィーンで死去したヒルシュフォーゲルAugustin Hirschvogel(1503―53)がいる。

[野村太郎]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ドナウ派」の意味・わかりやすい解説

ドナウ派
ドナウは
Donauschule; Danube school

16世紀前半ドイツ南部のドナウ川流域地方に流布した絵画の一流派。いきいきとした色彩と光の効果に基づくロマン主義的で雰囲気に富む風景表現および劇的な人物表現を特色とする。この流派の中心画家はレーゲンスブルクの A.アルトドルファー,若き日の L.クラナハ (父) ,W.フーバーら。作品はアルトドルファーの『レーゲンスブルク近郊のドナウ風景』 (1532頃,ミュンヘン,アルテ・ピナコテーク) など。

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世界大百科事典(旧版)内のドナウ派の言及

【アルトドルファー】より

…初期の作品は,自然や人物の描写にクラーナハあるいはデューラーの影響がうかがえる。彼はドナウ派の中心的な画家で,草創期の風景画芸術の発展に果たした役割はきわめて大きい。《ドナウウェルトの眺め》(《城のある風景》,1528ころ)は,人物を含まない純粋な油彩風景画としてはヨーロッパ最初の例とされ,そこには自然そのものに対する感情のめざめが見てとれる。…

【ドイツ美術】より

…このうちバルドゥングはグリューネワルトの色彩からも感化を受けながらも,後者の色彩の魔術へはいたりえなかった。しかし同じころドナウ川の沿岸で活躍した画家たち(ドナウ派)のうちアルトドルファーの画面には,グリューネワルトを思わせる色彩の固有な表現価値が生かされ,画期的な自然風景の描写をみせている。神話や聖書の女性を妖艶に描いたクラーナハも,その初期はドナウ派の一人であった。…

※「ドナウ派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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