ニッチ(読み)にっち(英語表記)niche

翻訳|niche

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ニッチ」の意味・わかりやすい解説

ニッチ(生態的地位)
にっち
niche

C・ダーウィンが『種の起原』のなかで「自然の経済における位置」と表現した概念が、後の生態学において具体化され、ニッチ(生態的地位ecological niche)とよばれるようになった。通常は、ある生物生物群集内で何をしているかを記述するのに用いられる。アフリカサバナダチョウのニッチはオーストラリアの草原でエミューが占める地位と似ている、といった使い方もされる。

 最初にこのことばを定着させたのは、アメリカのヨセミテの動物相を研究したグリンネルJoseph Grinnell(1877―1939)である。種というものはそれぞれ特有の生息場所ができると、そこを埋めるように進化する、と彼は考え、その最小の分布単位を生態的地位と規定した。ここでいう生息場所とは、単なる非生物的環境ではなく、植生や食物や敵、競争者も含めた環境を意味する。その後、イギリスのエルトンが、現代生態学の古典ともいうべき『動物の生態学』(1927)において「生物が群集のなかで何をしているかということ、生物的環境における位置、食物や敵に関する諸関係」とこれを定義した。ここでは生息場所を、植生を含めた空間的場所として限定し、生態的地位をいわば関係概念として規定した。

 一方、1957年にアメリカの生態学者ハッチンソンG. Evelyn Hutchinson(1903―1991)は、生態的地位を、非生物的環境諸要因に対する個体群の反応とみて、多次元空間における位置として数理的に表現する方法を提唱し、またその個体群が潜在的にもつと考えられる基本的ニッチと、競争者などとの現実の相互作用の結果として実現されているニッチを峻別(しゅんべつ)した。これを「ハッチンソンのニッチ」とよび、前述の「エルトンのニッチ」と概念的に区別される。この定式化は、よく似た生活要求をもつ2種は共存できないとする競争排除法則から出発しており、ニッチのずれや重複を競争の指標として量的に評価する試みに道を開いた。その後の野外研究や理論的展開の経緯をみると、生物群集の理解に欠くことのできない食物関係を含めた分析が要請され、ハッチンソンのニッチも、広く資源利用のスペクトルとして拡大解釈されてきたといえる。しかし、生態的地位をどのように考えるかということは、生物群集をどのように把握するかの、依然として一つの重要な鍵(かぎ)であり、単に生物群集内の位置の記述にとどまらず、むしろ関係概念そのものとして、いっそう展開されるべきであろう。

遠藤 彰]


ニッチ(建築用語)
にっち
niche

壁を凹状にえぐった部分のこと。壁龕(へきがん)ともいう。その上部はしばしばアーチ形の装飾がついたり、半ドーム形の天井になったりしている。西洋の建物は厚い壁でつくられているので、室内意匠に変化を与えるために壁の表面に凸形の飾り柱をつけたり、凹形のニッチを設けたりした。ニッチの中には台を据えて、その上に彫刻を置いたり、花瓶を飾ったりしている。トンネルや橋梁(きょうりょう)などのわきに設けられた非常用の凹形の退避空間もニッチという。

[小原二郎]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ニッチ」の意味・わかりやすい解説

ニッチ
Nitzsch, Karl Immanuel

[生]1787.9.21.
[没]1868.8.21.
ドイツのルター派神学者。ウィッテンベルク神学校教授 (1817) ,ケンベルクの地方監督 (20) ,ボン大学教授 (22~47) ,ベルリン大学教授 (47) をつとめる。調停神学の代表者。シュライエルマッハーの影響を受け,当時の合理的,思弁的なキリスト教理解に反対し,宗教感情の直接性を主張した。主著"System der christlichen Lehre" (29) ,"Praktische Theologie" (3巻,47~67) ,"Urkundenbuch der evangelischen Union" (53) 。

ニッチ
niche

生態的地位などと訳す。ある生物が特有の生活形態に応じて占有する生息場所をいうこともあるが,むしろより包括的に,ある生物群集のなかでのその生物の役割,生態学的位置づけを意味することが多い。このような見方の場合には,食物連鎖のうえなどで類似の位置にあれば,異なる種でも異なる生物群集内では同じニッチを占めるものがあることになる。ただし同一群集中では,一つのニッチを占めるのは,ただ一つの種のみとされる。

ニッチ
niche

建築用語。装飾のために厚い壁面をえぐって造られたくぼみ台。壁龕 (へきがん) ともいう。中近東,ヨーロッパ建築に古くから用いられた。通常台部平面は半円形,上部は半ドーム形をなすものが多く,一般に床からある程度高い位置に造られる。台部に花器,彫像などを置いて飾るが,この部分が装飾的泉水などになったものもある。また壁面を実際にくぼませず,トロンプ・ルイユで描き込んだものもみられる。

ニッチ[生態学]
ニッチ[せいたいがく]

生態的地位」のページをご覧ください。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

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