ニッチともいう。生態学における重要な概念。大まかにいえば,個々の生物種が自然界において占める地位であるが,その内容については多少の混乱がある。このことばが生物学に導入されたのは20世紀の初めであるが,考えそのものは古く,その起源は博物学におけるキリスト教的な自然界の調和的秩序の観念にあって,個々の生物種はこの秩序の中でおのおのその所を得ているとした。もちろん,これは観念的なものにすぎなかったが,自然界の実態をいくらかは反映するものだった。C.R.ダーウィンはこの観念を受けて,《種の起原》(1859)で自然淘汰を論じた際に,〈the place in the economy of nature〉という表現をなん度も使ってこの考えを明らかに述べている(ここでeconomyとは経済ではなく,自然の理法,自然の秩序を意味する)。このダーウィンの考えを受け継いで生態的地位ということばを導入し定義したのはC.S.エルトンであった(1927)。しかし,それに先立ってカリフォルニアのグリネルJoseph Grinnell(1877-1939)が同じことばをエルトンとはやや異なった意味に使っていた(1914。ただしこのことばは1904年の講義ノートにすでにある)。
エルトンは動物群集の研究から食物連鎖の概念を導き,主としてそれに基づいて,群集内の個々の種が〈生物的環境の中の位置〉すなわち〈その動物の食物と敵に対する関係〉をそれぞれに有していることに注目し,これを生態的地位と呼び,比喩的に人間社会の職業にたとえた。彼はアフリカのサバンナのハイエナと北極圏のホッキョクギツネとは同一の生態的地位を占めているとしているが,このことは,彼の関心が種ではなく群集にあったのであり,彼の生態的地位の概念が群集内での生活様式の類型(生活型)を指していたことを意味する。
これに対し,グリネルは近縁な鳥種の研究から,同一地方に住む近縁種がそれぞれ異なった生息場所に見られることに注目し,生態的地位を〈生息場所(ハビタット)の究極単位〉であり,〈生物分布の究極単位〉であると定義した(1924,1928)。彼のいった〈生息場所〉は針葉樹林とか灌木林とかを指していたから,このことは,生活様式が同じ近縁種(エルトンの意味では同じ生態的地位を有するもの)は異なる群集内で異なる生態的地位を占めているということを意味する。この2人のいう〈生態的地位〉は明らかに別の概念であった。ところが,やっかいなことに,一方でエルトンのいう生活様式の類型を個々の種と読み替えることが可能であり,一方でグリネルのいう生息場所の概念は同じ森林群集内での地中,地表,樹幹,枝上といった場所にも適用することが可能である。そこでしばしば,この2人の概念が混同ないし統合して用いられることになった。
ところで,エルトンの概念は同一群集内の個々の種は互いに生活様式を異にしているという意味を内々に含んでいるし,グリネルの概念は近縁種は生息場所を異にしているという意味を明らかに含んでいる。彼らが主として扱った鳥や獣についてはこれは記載的事実として漠然とながらすでに知られていたことであり,彼らの概念はある意味ではこの事実を定式化したものであるにすぎなかったが,いったん定式化されると,それは〈同じ生態的地位を占める2種は同じ生息場所に共在できない〉(種間競合のためとされる)と言い換えられて,1940年ころから大きく問題にされるようになった(ガウゼの法則)。
その後,ハッチンソンGeorge Evelyn Hutchinson(1903-91)が多次元ニッチmultidimensional nicheなる概念を提唱し(1944,1957),今日の研究はこの概念に基づいて行われているので,研究者が生態的地位というときにはこの概念を指すことが多い。しかしこの概念は,生態的地位の概念を定量的に表現しようとしたものであるが,まったく抽象的な扱いをしているうえに,上記の混乱をそのままにしているので,その有効性には疑問がある。
なお,生態的地位の概念については,それを類型概念として種以上の生物群に適用する立場(エルトン)と,個々の種が占めるものとする立場(グリネル,ハッチンソン)があり,さらにこの概念を環境の側の属性と考えて,例えばある森林にキツツキがいない場合に,そこにはキツツキの生態的地位はあるのだが,今は空いているとする立場もある。
執筆者:浦本 昌紀
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(垂水雄二 科学ジャーナリスト / 2007年)
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…彼は〈動物を駆り立てている推進力は,正しい種類の食物をしかも十分に見いだすことなのだ〉として,食う食われるの関係にある個体どうしを比較すると,その間の相対的大きさが一定の範囲におさまってしまうこと,食物連鎖の段階が進むにつれて一般に個体数が減少する(数のピラミッド)関係のあることなどを指摘した。そして,ある種個体群が群集の中で何をしているかという,いわば人間の職業にもあたる生態的地位ecological nicheを明らかにし,その地位を占めていた種が他の種に置き変わる過程や,その地位を占める種たちの間の関係の変化を通じて,群集全体の変化の様相を,さらにはそれから群集自身のいわば構造を知る方向を提唱したのである(1927,30,33)。食物連鎖は概念的に,生きているものを食っていく生食連鎖と死んだものを食っていく腐食連鎖,さらに寄生連鎖の三つに分けられている。…
…オックスフォード大学博士課程を中退して北極地方探検に加わり,この経験をもとにホッキョクギツネやタビネズミ(レミング)の個体数変動を研究した。27歳で《動物生態学Animal Ecology》(1927)を,33歳で《動物の生態Ecology of Animals》(1933)を発表し,野外における動物個体群研究の基礎を築き,〈生態的地位〉など群集生態学にとって重要な提言を行った。オックスフォード大学動物個体群研究所長(1932‐68)として個体群生態学の発展に寄与したが,第2次世界大戦後は生物群集の記載法,群集内での種間関係なども研究した。…
… 20世紀前半は比較的沈滞した時代であったが,その中で20世紀後半の隆盛を準備する概念が徐々に形成されていった。群集についてはもっぱら植物群落の分類と遷移の研究が行われていたが,C.S.エルトンは動物群集内の相互関係を食物関係を中心に分析し,食物連鎖,食物網,基幹産業動物,生態的地位,個体数ピラミッドといった概念を用いて,群集の構造と機能とでもいえるものをみごとに具体化してみせた(1927)。その影響は大きかったが,直接の効果はただちには生じなかった。…
…彼は〈動物を駆り立てている推進力は,正しい種類の食物をしかも十分に見いだすことなのだ〉として,食う食われるの関係にある個体どうしを比較すると,その間の相対的大きさが一定の範囲におさまってしまうこと,食物連鎖の段階が進むにつれて一般に個体数が減少する(数のピラミッド)関係のあることなどを指摘した。そして,ある種個体群が群集の中で何をしているかという,いわば人間の職業にもあたる生態的地位ecological nicheを明らかにし,その地位を占めていた種が他の種に置き変わる過程や,その地位を占める種たちの間の関係の変化を通じて,群集全体の変化の様相を,さらにはそれから群集自身のいわば構造を知る方向を提唱したのである(1927,30,33)。食物連鎖は概念的に,生きているものを食っていく生食連鎖と死んだものを食っていく腐食連鎖,さらに寄生連鎖の三つに分けられている。…
※「生態的地位」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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