ノカルジア症

内科学 第10版 「ノカルジア症」の解説

ノカルジア症

定義・概念
 ノカルジア症はノカルジア属細菌による感染症で,おもに何らかの免疫不全を有する宿主において呼吸器,皮膚軟部組織および中枢神経系感染症の原因となる.化膿性・肉芽腫性病変が特徴であり,原発巣から血行性に転移性病変(脳膿瘍など)を形成することもある.
 ノカルジアは土壌細菌として自然界に広く分布する好気性放線菌である.塗抹染色ではフィラメント状で分岐形成を示すGram陽性桿菌として観察される(図4-6-1).好気培養で発育がみられること,弱抗酸性を示すことなどからアクチノマイセスと鑑別される.ノカルジア属細菌の中ではNocardia asteroidesによる感染症の頻度が高いが,そのほかにN. brasiliensis,N. farcinica,N. nova,N. transvalensisなども起炎菌として分離される.
 ノカルジア感染症では,好中球を中心とする細胞浸潤と膿瘍形成,周辺組織にみられる肉芽組織の増生が特徴である.通常,中心部に壊死巣が存在し,その周囲を類上皮細胞・多核巨細胞などが取り囲む.放線菌腫などでは膿瘍部との交通により瘻孔形成がみられることも多い. 組織標本あるいは分泌膿汁中に“菌塊”(アクチノマイセス症でみられる硫黄顆粒)がみられることがあることから,注意して観察する必要がある.
臨床症状
 わが国における正確な発生率は不明であるが,米国では年間約1000例のノカルジア症が報告されている.ノカルジア感染症は日和見感染症としてみられることが多く,基礎疾患としては悪性リンパ腫,白血病,癌,AIDS,膠原病臓器移植,副腎ステロイドや免疫抑制薬投与などが重要である.後述するように,臨床的には本菌の吸入による呼吸器感染症,経皮伝播による蜂窩織炎・リンパ皮膚症候群・放線菌腫,全身への播種性病変としてみられる脳膿瘍などが重要である.また,頻度は低いものの,病院環境や医療器具を介した院内感染例も報告されている.
1)呼吸器感染症:
ノカルジア感染症の半数以上が肺ノカルジア症として発症する.なかでも肺炎の頻度が高く,それ以外では気管支炎,喉頭炎などの報告がみられる.ノカルジア肺炎は亜急性~慢性の経過で発症することが多く,数週間の経過で寛解と増悪を繰り返すことが特徴である.臨床症状としては咳,痰,血痰,発熱,胸痛寝汗,全身倦怠感などがみられるが本症に特有なものはない.胸部画像としては,浸潤影に加え結節影(単発・多発)を伴うこともあり,空洞化傾向が強い.約1/3の症例で膿胸の合併が報告されており,また肺病変の直接浸潤から心膜炎・縦隔炎に進展することもある.
2)播種性感染症:
肺ノカルジア症の約半数において肺外病変がみられる.ノカルジアによる播種性病変としては脳が重要であり,特にN. farcinicaが原因の場合には脳転移がみられやすいことに注意する必要がある.脳膿瘍は多房性・多発性膿瘍としてみられることが多い.臨床症状としては頭痛,無気力,痙攣,知覚異常,項部硬直,KernigおよびBrudzinski徴候などがみられるが,本症に特有なものはない.脳膿瘍に髄膜炎を合併することはまれであり,髄液に異常を認めないことも多い.その他の播種性臓器としては腎臓肝臓脾臓骨髄,リンパ節などが重要である.
3)皮膚感染症:
ノカルジアの経皮伝播による感染症としては蜂窩織炎,リンパ皮膚症候群,放線菌腫が重要である.通常,皮膚外傷時にノカルジア属細菌が接種され,その後,数週間の経過で病変が形成される. 化膿性病変中心部の潰瘍化,あるいは瘻孔形成がみられることがある. 確定診断の第一歩として,膿汁のGram染色および抗酸菌染色が重要である.検体中にフィラメント状で分岐形成を示すGram陽性桿菌がみられた場合には,ノカルジアあるいはアクチノマイセス症の可能性を考え,特に病原体が抗酸性を示す場合には前者を強く疑う.分泌物中の顆粒(菌糸塊)の存在は重要であり,検体を注意深く観察する必要がある.一般細菌に比べてノカルジア属細菌の増殖は遅く,通常,好気条件で1~4週間培養することにより特徴的なコロニーの形成がみられる.
治療
 ノカルジア感染症に対する抗菌薬療法としてはサルファ剤,ST合剤が第一選択剤となる.その他の薬剤としては,ミノサイクリン,アミノグリコシド系抗菌薬(アミカシン),第3世代セフェム剤・カルバペネム剤が有効である.肺感染症に対しては通常6~12カ月の抗菌薬療法が必要である.[舘田一博]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

世界大百科事典(旧版)内のノカルジア症の言及

【熱帯医学】より

…癩は癩菌によって引き起こされ,かつては全世界的に蔓延したが,現在ではおもに熱帯および亜熱帯地方に残存している。 真菌類のノカルジアNocardiaは,熱帯地方のノカルジア症,たとえば中南米に多い足菌腫(マズラ足Madura foot)を引き起こす。足菌腫は,足の切断が唯一の救命法である致命的な真菌症である。…

※「ノカルジア症」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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