ハクチョウ(読み)はくちょう(その他表記)swan

翻訳|swan

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ハクチョウ」の意味・わかりやすい解説

ハクチョウ
はくちょう / 白鳥
swan

鳥綱カモ目カモ科ハクチョウ属に含まれる鳥の総称。この属Cygnusの仲間はガン・カモ類中でもっとも大形で、頸(くび)が長い。7種があり、全長1.05~1.4メートル。5種は全身が白色、クロエリハクチョウは頸のみが黒色、コクチョウは全身黒色で風切羽(かざきりばね)が白色である。

黒田長久

分布

北半球では、旧北区にオオハクチョウC. cygnusコハクチョウC. bewickiiコブハクチョウC. olorが、北アメリカにアメリカハクチョウC. columbianus、ナキハクチョウC. buccinatorが、南半球では南アメリカにクロエリハクチョウC. melanocoryphusが、オーストラリアにコクチョウC. atratusが分布している。一般に広い沼地につがいで繁殖し、広い縄張りをもつが、南半球では外敵やほかの鳥類の干渉が少ないためか、コクチョウはコロニー性であり、クロエリハクチョウも雄が巣縄張りを防衛するにとどまる。北半球では渡りが発達し、湖や江湾に群れをなして越冬する。

[黒田長久]

繁殖

ハクチョウは水辺のアシの中や、ツンドラの低木の陰などに草を積み上げて巣をつくる。1腹4~8卵、コハクチョウでは3~5卵。雌のみが抱卵し、雄は巣や雌の防衛にあたる。抱卵日数は大形種の36日から、コハクチョウでは30日に短縮される。雛(ひな)は北方種では通常1、2羽が育ち、越冬地では雌雄と幼鳥1羽の家族がよくみられる。オオハクチョウはヨーロッパからシベリアに広く繁殖し、コハクチョウはそれ以北に追いやられた形でシベリアの北極海沿岸に繁殖するが、ともにヨーロッパ、アジアに渡る。

[黒田長久]

日本への渡来

日本では、オオハクチョウが北海道の湖沼、青森県の小湊(こみなと)(特別天然記念物)、大湊、秋田県八郎潟、宮城県伊豆沼、新潟県阿賀野(あがの)市(旧、水原(すいばら)町)の瓢湖(ひょうこ)(天然記念物)、島根・鳥取両県の中海(なかうみ)などに、小形で頸が短いコハクチョウが瓢湖や中海に多いほか、八郎潟や福島県猪苗代湖(いなわしろこ)などに渡来する。ハクチョウ類は水生植物質を主食とし、オオハクチョウはアマモなど藻類を好み海湾に多く渡来する。コハクチョウは湖を好む。水面採餌(さいじ)のほか、長い頸を水中に入れたり、深い所では逆立ちして餌(えさ)をとる。瓢湖では人工給餌により、比較的小面積の水面に多数が高密度で群れ集まる越冬地となっている。これに対し、イギリスなどでは耕地で陸上採餌する習慣となっている。近年は渡り鳥であるハクチョウの個体識別には番号入りのカラー頸輪が用いられ、それにより放鳥国(放鳥地)や年度がわかる方式がとられ、国際的な研究が行われている。また、オオハクチョウは鼻部の黄色が鼻孔下に伸び変異が少ないが、コハクチョウでは黄色部は鼻孔で終わり、左右を分かつ中央部の黒色に変異が多く個体識別に役だつ。アメリカハクチョウでは、この黄色部は側方の小点に縮小しているが、コハクチョウと同種と考える研究者もある。

[黒田長久]

その他の特徴

ハクチョウ類は気管が胸骨中に巻き、らっぱ効果で大声を発する。そこでオオハクチョウはwhooper swan、コハクチョウはwhistling swan、さらに北アメリカのナキハクチョウはtrampeter swanの名がある。このナキハクチョウは一時絶滅を心配されたが、1970年ごろから相当数の個体を含む群れが発見された。一方、コブハクチョウは気管の構造が普通でほとんど無声であり、mute swanとよばれる。本種はヨーロッパでは野生で繁殖するが、半家禽(はんかきん)化され足の色などが変化したものが公園、湖、川などに放し飼いされ、日本にも輸入されて皇居の堀にも放され、北海道ウトナイ湖では野生化して増え本州へ渡るものもある。コブハクチョウとコクチョウは、気分の高まりや敵対動作として翼を持ち上げて膨らませる習性があり、雛はその下に隠れて親の背にのる。これに対しクロエリハクチョウは、翼を持ち上げることはないが、やはり雛を背にのせて運ぶ。

[黒田長久]

民俗

ハクチョウは、その容姿から、神秘的な鳥として神聖視されることが多い。日本では、記紀の神話に、垂仁天皇(すいにんてんのう)の子本牟智和気王(ほむちわけのおう)(誉津別王(ほむつわけのおう))の物語に登場する。本牟智和気は大人になっても口をきけないが、鵠(くぐい)の飛ぶのを見て、初めてことばを発したという。鵠は白鳥の古名である。同じ物語の異伝は『尾張国風土記(おわりのくにふどき)』逸文などにもみえ、出雲(いずも)とかかわりが深い。出雲の国造(くにのみやつこ)は、出雲の神の司祭者として独自の地位を認められ、平安初期まで新任の儀式を朝廷で行ったが、その際の国造の献納物中に生きた鵠2羽が含まれていた。本牟智和気の伝えは、本来はこの儀式と表裏をなしている。

 ヨーロッパでも、人間がハクチョウに化す物語は古くからある。ギリシア神話ゼウスは、ハクチョウの姿をとってレダと交わる。また、白鳥処女伝説は、北方ユーラシア地域では純粋にハクチョウの物語である。北方ゲルマン民族の神オーデンにまつわる女神ワルキューリたちは、ハクチョウの翼をもつ少女で、森の奥の湖岸に憩い、翼を脱ぐと人間になるという。ドイツにはワーグナーの歌劇『ローエングリン』で知られるハクチョウの騎士伝説もある。

 北海道のアイヌには、ハクチョウの神と人間の娘の子孫とか、男と娘の姿になったハクチョウの子孫などという家筋がある。そのために、アイヌの踊りの声はハクチョウの鳴き声に似ているともいい、「白鳥の舞」という踊りもある。

[小島瓔

文学

早く『古事記』や『日本書紀』の景行天皇(けいこうてんのう)条に、倭建命(やまとたけるのみこと)が死後に白鳥になって飛び去った、とあるのがよく知られる。白鳥処女説話(羽衣伝説)という形で広く流布しており、『常陸国風土記(ひたちのくにふどき)』香島(かしま)郡白鳥(しらとり)里条には、白鳥が天から下りてきて、石を拾って池の堤をつくろうとしたができなかった、『豊後国風土記(ぶんごのくにふどき)』総記には、仲津(なかつ)郡中臣(なかとみ)村に白鳥が飛んできて餅(もち)となり、さらに里芋になった、速見(はやみ)郡田野(たの)条に、もとは裕福な土地だったが、富におごり、餅を弓の的にしたところ、白鳥になって飛び去り、以後疲弊した、などとある。読本(よみほん)の『繁野話(しげしげやわ)』には、関守の弓が白鳥になったという話がある。現在は冬の季題でもあるが、古典の詩歌にはほとんどみられない。

[小町谷照彦]


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改訂新版 世界大百科事典 「ハクチョウ」の意味・わかりやすい解説

ハクチョウ (白鳥)
swan

カモ目カモ科ハクチョウ属の鳥の総称。コブハクチョウCygnus olor(ユーラシア),コクチョウC.atratus(オーストラリア),クロエリハクチョウC.melanocoryphus(南アメリカ),ナキハクチョウC.buccinator(北アメリカ),オオハクチョウC.cygnus(ユーラシア),コハクチョウC.columbianus(ユーラシア,北アメリカ)の6種がある。ユーラシアのコハクチョウと北アメリカのコハクチョウは別種とされることもある。

 冬の渡り鳥として日本に渡来,越冬するのは,オオハクチョウとコハクチョウである。オオハクチョウ(英名whooper swan)は全長約140cm,翼を広げたときの長さは約220cm,体重は7~10kgもある大型の水鳥である。成鳥は純白であるが,1年未満の幼鳥は淡褐色みをおびた灰色である。幼鳥は越冬中に換羽が徐々に進み,渡去の時期になると成鳥と見まちがえるほど白くなるものもある。10月中ごろに,北海道東部の風蓮(ふうれん)湖,尾岱沼(おだいとう),濤沸(とうふつ)湖に大群が渡来し,その後,北海道にとどまるものもあるが,本州へ南下するものが多い。おもな渡来地としては,青森県野辺地湾,大湊湾,山形県最上川河口付近,宮城県伊豆沼,新潟県瓢(ひよう)湖,茨城県古徳沼などがあり,毎年,全国で1万数千羽が越冬する。2,3月には本州の渡来地では渡去が始まり,4月には北海道東部の湖沼に集結し,繁殖地のシベリアへ向かう。

 繁殖期は,5月初旬から始まる。水辺の草地などに水草や枯草を50~70cmほどの高さに丸く積み上げて(直径約1~2m),中央に5~20cmのくぼみをつくり産座とする。産卵は5月中旬から6月にかけて行い,1腹の卵数は4~7個である。卵は白色で,1個の重さが約330gもある。抱卵は約35日間雌のみが行う。雄はその間,雌を害敵から守る役割をもつ。孵化(ふか)したばかりの雛は,体中が灰色の綿羽でおおわれ,もこもことしていてアヒルの雛よりもずっとかわいい。雛は初めは水生昆虫など動物質の餌を多くとり,草の種子もよく食べる。約87日で飛べるようになるが,春まで親鳥といっしょに生活する。冬季はおもに植物食である。

 コハクチョウ(英名whistling swan)は,オオハクチョウよりもひとまわり小型で,全長約120cm,体重約5kg,成鳥は白く,幼鳥は褐色みをおびた灰色である。9月下旬から10月中旬にかけて,北海道北部のクッチャロ湖に渡来し,それから本州の渡来地へ移動する。おもな渡来地は,青森県小川原湖,山形県最上川河口付近,宮城県迫(はさま)川,福島県猪苗代湖,福島市阿武隈川,新潟県瓢湖,鳥屋野潟,佐潟,滋賀県琵琶湖,島根県宍道湖,中海などで,近年渡来数が増え6000~7000羽が越冬する。繁殖は6月から始まる。巣は水辺につくり,コケや枯草を直径1m,高さ50~60cmほどに積み上げてつくる。産卵は6月初旬からで,1腹の卵数は3~5卵。卵は白色で,重さは約280g。抱卵は雌が行い,抱卵日数は29~30日間,抱卵期間中は雄が害敵から雌と巣を守る。孵化したばかりの雛は全身が灰色の綿羽につつまれ,かわいい。雛は約45日で飛べるようになるが,春まで親といっしょに生活する。冬季はおもに植物食だが,夏季には動物質のものもよく食べる。

 コブハクチョウ(英名mute swan)はオオハクチョウとほぼ同大でよく似ているが,くちばしが橙赤色(幼鳥は灰青色)で,くちばしの基部に黒い瘤があるのが特徴。この種は人によくなれ,ヨーロッパでは公園などでよく飼われている。日本でもときどき飼われているほか,迷鳥としても渡来した記録がある。ナキハクチョウもオオハクチョウによく似た大型種だが,くちばしは全体に黒色で,基部が黄色くない。かつて北アメリカに広く分布していたが,羽毛採取や食用のため乱獲され,一時は絶滅の恐れがあった。現在でもアラスカから合衆国中北部だけで見られ,数が少ない。クロエリハクチョウは眉斑以外の頭頸(とうけい)部が黒く,くちばしの基部に赤い瘤がある。野生のものは主として南アメリカのパタゴニア地方の淡水の湖沼にすみ,南半球の春に繁殖する。人によくなれ,動物園や公園でときどき見かける。コクチョウは風切羽以外が灰黒色で,くちばしは赤く,くちばしの先端近くに白いすじがある。この種が発見されたときは黒いハクチョウとしてセンセーションをひき起こしたが,人によくなれ,北半球でも容易に繁殖するので,現在では世界各地の公園や動物園でふつうに見られる。
執筆者:

古くは〈こひ〉〈こふ〉〈くぐひ〉などといい,文献にみえる〈白鳥〉は,鶴やサギなどを含める場合もあった。全身純白の羽毛でおおわれた優美な姿は,いかにも霊鳥という印象を人々に与えた。《古事記》には倭建(やまとたける)命の霊魂が化して〈八尋白智鳥(やひろしろちどり)〉(紀では白鳥)になったとあり,宮城県蔵王町の白鳥大明神(苅田嶺(かりたみね)神社)をはじめ,この〈白鳥伝説〉を縁起にもつ神社が各地に散在する。白鳥は穀霊神ともみなされたらしく,白鳥を主人公とする〈穂落し伝説〉や,餅が白鳥に化して飛び去ったという〈餅化白鳥譚〉は各地に見られる。白鳥に関する伝承は東北地方に多く分布し,秋田県角館地方では彼岸に鳴き渡る白鳥の群れを〈大宅の若勢子〉と称した。
執筆者:

優美な白鳥の姿は古来詩や音楽に多くとり上げられている。それは何か超自然的なものを感じさせ,ギリシア神話で白鳥の姿をとってレダに近づくゼウスのように変身譚が多い。北欧の〈エッダ〉にもフィン王の3人の息子たちと結婚する〈白鳥の乙女〉の話がある。メルヘンや伝説の中では白鳥は遠い遥かな幸福の国に生まれた者,またはその国からの使者として現れ,やがて望郷の念から去っていく。興味深いのは,水浴するため脱いだ羽衣を若者に隠され,心ならずも地上の生活をするが,やがて羽衣を手にすると白鳥に変身し飛び去るというモティーフ(白鳥処女)が洋の東西に見られることである。この同じモティーフを男性に移したのが〈白鳥の騎士〉の伝説で,この場合なぞめいた夫の素性をたずねることがタブーとなる。そして白鳥は先導者または使者の役目をしている。ワーグナーの楽劇《ローエングリーン》は〈白鳥の騎士〉の伝説を扱ったものでとくに有名である。なお,白鳥は臨終の際,妙なる声で歌うという伝説があり,〈白鳥の歌swan song〉の語が,辞世とか芸術家の最後の作品の意でも用いられる。
執筆者:

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百科事典マイペディア 「ハクチョウ」の意味・わかりやすい解説

ハクチョウ(白鳥)【ハクチョウ】

カモ科ハクチョウ属の鳥の総称。8種あり,大型で純白の羽毛をもつものがほとんどだが,オーストラリアのコクチョウのように黒いものもいる。日本ではオオハクチョウコハクチョウの2種が冬鳥として渡来し,ほかに飼育されている,あるいはそれが野生化したコブハクチョウが見られる。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ハクチョウ」の意味・わかりやすい解説

ハクチョウ

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普及版 字通 「ハクチョウ」の読み・字形・画数・意味

【白】はくちよう

あざける。

字通「白」の項目を見る

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世界大百科事典(旧版)内のハクチョウの言及

【X線天文学】より

… 1970年末,初めてX線天文専門の人工衛星ウフルUHURU(アメリカ)が打ち上げられて以来,70年代にはSAS‐3(アメリカ),エアリエルAriel‐5(イギリス)などを含む5~6個の小型天文衛星が観測し,70年代末にはHEAO‐1,HEAO‐2(アインシュタイン衛星と呼ばれる)2個の重量2~3tの大型衛星が働いた。83年初頭に観測を続けているのは,日本の宇宙科学研究所による〈はくちょう〉〈てんま〉の2個のX線天文衛星だけである。80年代にはヨーロッパのEXOSA,西ドイツのROSAT,日本のASTRO‐C(〈ぎんが〉,1987年2月打上げ)がこれに加わることになる。…

【大気圏外観測】より

…とくにX線天文学はX線天体の発見以来わずか20年の間に画期的な進歩をみせて,光の天文学,電波天文学とともに天文学の大きな柱の一つにまで成長してきた。70年末,初めてのX線天文衛星〈ウフル〉が働いてから,SAS‐3(アメリカ),Ariel5(イギリス),HEAO‐1(アメリカ),HEAO‐2(アインシュタイン衛星,アメリカ),〈はくちょう〉(日本),〈てんま〉(日本),EXOSAT(ヨーロッパ宇宙機構,ESA),〈ぎんが〉(日本),〈あすか〉(日本)など,X線天文衛星によって予想もされていなかった宇宙の姿が明らかになってきている。〈はくちょう〉は79年2月,〈てんま〉は83年2月にそれぞれ軌道に乗ったX線天文衛星である。…

【鳥料理】より

…室町時代には〈美物の上下〉ということばがあり,魚鳥それぞれに尊卑の格とでもいった位づけがなされ,鳥ではキジが最も高貴なものとされ,とくに鷹狩でとったキジは〈鷹の鳥〉と呼んで最高のごちそうとされた。それについで珍重されたのはハクチョウで,以下ガン,カモなどとされたようだが,鷹の鳥やハクチョウの料理を供された客ははしをつける前に,そのもてなしの手厚さに謝意を表するものともされていた。《食物服用之巻》という本には〈食はざる先に誉むること仕付也。…

【漂着神】より

…潮流や風によって浜に流れ着く漂着物(寄物)を神としてまつる信仰で,寄神ともいう。この信仰の基盤には,寄物は海のかなたのカミからの贈物あるいはカミそのものとする考えがあり,これを拾う際に,話しかけたり,寸法をはかったりするしきたりが各地でみられた。漂着神としてまつられてきたものには,流木や舟をはじめ,酒樽,玉藻,ワカメ,鯨,タコ,白鳥など,日ごろ海辺に打ち上げられるものが多い。漁村で大漁の神としてまつられるえびすもまた,漂着神的要素を強くもっている。…

※「ハクチョウ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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