R.ワーグナー作詞・作曲による全3幕のロマン的オペラ。台本は1845年に完成,48年総譜が完成した。50年8月ワイマール宮廷劇場で,リストの指揮により初演。
物語は10世紀のアントワープ付近。聖杯守護の騎士ローエングリンは,白鳥の引く舟にのって,ブラバントの王女エルザ姫のもとに現れる。エルザは奸臣テルラムントから弟殺しの罪に訴えられている。騎士はエルザのえん罪を晴らし,彼女と結婚することになる。しかしエルザはローエングリンから課せられた禁問の誓いを忘れて,騎士の名を尋ねてしまう。騎士は翌朝人々の前で,自分が聖杯の守護長パルチファルの子ローエングリンであると告げ,聖地へと去ってしまう。
この作はワーグナーとしては《タンホイザー》の次の作で,自ら〈オペラ〉と呼んだ最後のものである。したがってこれより後の《ニーベルングの指環》や《トリスタンとイゾルデ》のようには徹底的な楽劇の様式をもたないが,前作のような番号オペラ制が排され,また明確なレチタティーボもなくなり,多くの部分ではシュプレヒシュティンメ(半ば語るような音進行の旋律)が採用されている。管弦楽は3管編成となり,これによって,3和音を一つの種類の楽器で演奏できるようになった。弦部もまた従来の5声部の限界を破って,きわめて多声部に分割される。その結果,従来は考えられなかったほどの多彩な音色が獲得された。
ローエングリン伝説は,古くからドイツ,フランスに流布していたが,ワーグナーは主としてウォルフラム(エッシェンバハの)の代表作《パルチファル》によった。この伝説には光と闇,つまり善と悪との闘争や,好奇心が愛を失わせるという思想が根底となっているが,ワーグナーもそれを生かした。さらに芸術家が世間から正しく認められないという運命をローエングリンに象徴した。ワーグナーは1849年のドレスデンにおける革命に参加し,スイスに亡命していたため,ドイツに入ることが許されず,このオペラの初演を見ることができなかった。
執筆者:渡辺 護
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
ワーグナー作曲のオペラ。全三幕。ドイツや北欧の伝説をもとに、作曲者自ら執筆した台本による。1848年完成、50年ワイマール初演。10世紀のアントワープ、ブラバント地方の領主の娘エルザは、無実の罪で、伯爵テルラムントから国王に訴えられる。裁きの場でエルザは、かつて夢に現れた、白鳥が曳(ひ)く小舟に乗った騎士の話をする。まもなく本当にその騎士が現れ、テルラムントと決闘して勝ち、エルザの身の潔白を証明するが、この小舟を曳く白鳥こそ、テルラムントの妻オルトルートの魔法にかけられたエルザの弟、領主の嗣子(しし)ゴットフリートであった。騎士とエルザは結婚式をあげるが、エルザが禁問の約束を破って騎士の正体を問い詰めたため、騎士は人々の前で、自分は聖杯を守護するパルジファルの子ローエングリンであると告白。聖なる秘密が破られたうえは元の世界に帰らなければならないと告げ、白鳥を人間の姿に戻して去ってゆく。
ワーグナーの作品中もっとも広く親しまれているものの一つであるが、音楽形式の面においても、個々に独立したアリアの挿入を避けて劇の進行と音楽を密接に関係づけ、また示導動機の用法を徹底させて作品全体の主題的統一を図るなど、後の楽劇に通じる画期的な試みが少なくない。日本初演は1942年(昭和17)藤原歌劇団。
[三宅幸夫]
『高辻知義訳『ローエングリーン』(1985・新書館)』
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