日本大百科全書(ニッポニカ) 「バレス」の意味・わかりやすい解説
バレス
ばれす
Maurice Barrès
(1862―1923)
フランスの小説家。ボージュ県シャルムに生まれる。象徴主義の影響のもとに文学者として出発したが、象徴主義の風土に育ちその美学を倫理として生きる一青年が、人間の生きるという本能に目覚めて美の絶対世界から脱出する物語――『蛮族の眼(め)の下』(1888)、『自由人』(1889)、『ベレニスの園』(1891)からなる三部作『自我礼拝』Le Culte du Moiを発表することによって、世紀末から世紀初めにかけての時代の青春に大きな影響を与えた。彼自身そうした生を選び、1889年ブーランジェ派の代議士に当選、以後、第三共和政の腐敗を告発し続け、左右両翼の知識人を擁する国民的社会主義連合の結成を夢みた。98年に始まるドレフュス事件では反ドレフュス派の論客として活躍。その政治的立場は、『根こそぎにされた人々』(1897)、『兵士への呼びかけ』(1900)、『彼らの面影(おもかげ)』(1902)からなる三部作『国民的エネルギー小説』Le Roman de l'Énergie nationaleにうかがわれるが、ロレーヌ州出身の理想に燃える7人の青年のパリでの現実との闘いを跡づけるその作中には、正義=理想と人間愛との相克が浮き彫りにされ、それを克服するものとして民衆の本能崇拝が提起されている。
以後のバレスは、その幼時のプロイセン・フランス戦争体験と相まって、大地と血(=民衆)への「友情」に支えられた熱烈なナショナリストとしての姿を鮮明にし、『ドイツの兵役』(1905)、『コレット・ボドッシュ』(1909)、『霊感の丘』(1913)、『オロント河畔の園』(1922)といった小説で大地と血の神秘を描き続ける。1906年、代議士に再選されるとともにアカデミー・フランセーズ会員に選ばれ、右翼を代表する知識人として愛国者同盟総裁を務め、第一次世界大戦中に『大戦年代記』全14巻(1914~20)を残した。ほかに散文『グレコまたはトレドの秘密』(1911)などがある。
[渡辺一民]
『渡辺一民著『バレス再審』(『神話への反抗』所収・1968・思潮社)』▽『伊吹武彦訳『自我礼拝』(1970・中央公論社)』