日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヒトゲノム」の意味・わかりやすい解説
ヒトゲノム
ひとげのむ
human genome
ヒトのもつ全遺伝子情報であり、ヒト(人間)を形成するのに必要な情報ならびに生きていくために必要な情報として遺伝子に書き込まれている情報全体のこと。ヒトの生命の「設計図」ともいわれる(科学技術会議生命倫理委員会による定義)。ゲノムとは、遺伝子「gene」と全体を意味するラテン語「ome」から成り立つ造語である。
人間は約60兆個(成人の場合)の細胞で成り立っている。その細胞一つ一つの中に核があり、核には46本の染色体(22対の常染色体と1対の性染色体)が存在する。その染色体46本に遺伝情報が記録されている。この染色体上に約30億個のDNA(デオキシリボ核酸)の塩基配列が存在する。DNAには、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)の4種類の塩基性物質(塩基)が含まれる。この4種類の物質の組み合わせが塩基配列であり、遺伝情報を提供する。
塩基配列がもたらす遺伝情報はすべての人が同じというわけではなく、個人個人でわずかに異なっている。塩基配列の違いは顔や体型などの違いに関連しており、ヒトに多様性が生じる要素となっている。こうした生物学的な背景のもとに、遺伝情報の解析結果に大きな期待がもたれた。30億個のDNA解析は壮大なプロジェクトであることから、「ヒトゲノム解析計画」と名づけた国際協力プロジェクトとして1988年から実施された。そして、2003年4月にヒトゲノム解析計画による解読が完了し、ヒトゲノム全体に含まれる遺伝子数は2万2287個であるという結論に達した(Nature誌、2004年発表)。
その後もヒトゲノムに関する研究は活発に推進されている(ポストゲノム研究)。実際に、疾病の発症の解明や新薬の開発(ゲノム創薬)、薬の副作用の作用機序の解明等にヒトゲノムデータが活用されている。また、こうした研究開発には、スーパーコンピュータ等を活用したゲノム情報の解析(バイオインフォマティクスbioinformatics)が威力を発揮している。ヒトゲノム情報と従来からの創薬プロセス等を組み合わせることにより、病気の解明や新薬の開発などで、より大きな成果が期待される。たとえばゲノムの遺伝情報だけでなく、ある特定のゲノム領域の機能解析が可能になり、その機能解析結果と創薬プロセスとを組み合わせることでビッグデータが得られる。このビッグデータからさまざまな創薬開発のヒントを得るという傾向はさらに加速すると考えられる。
[飯野和美]
『保木本一郎著『ヒトゲノム解析計画と法――優生学からの訣別』(2003・日本評論社)』▽『服部正平著『ヒトゲノム完全解読から「ヒト」理解へ』(2005・東洋書店)』▽『東京医科歯科大学生命倫理研究センター編『ポストゲノム時代の医療倫理』(2006・医学出版)』▽『村上康文編『ポストゲノムの分子生物学入門』(2007・講談社)』▽『倉光成紀・杉山政則編『構造生物学――ポストゲノム時代のタンパク質研究』(2007・共立出版)』▽『経塚淳子著『遺伝のしくみ――「メンデルの法則」からヒトゲノム・遺伝子治療まで』(2008・新星出版社)』