日本大百科全書(ニッポニカ) 「ビオチン」の意味・わかりやすい解説
ビオチン
びおちん
biotin
ビタミンB複合体の一つで、ビタミンHともいう。ビオチンはピルビン酸カルボキシラーゼなどに共有結合している補欠分子族(補欠分子団)で、活性型CO2の自在に動く運び手(担体)である。ほとんどの生体に存在し、必要とされるビタミンB2複合体のビオチンのD-異性体構成成分で、アビジン(塩基性糖タンパク質)によって不活性化される。生体カルボキシル化反応に関与し、アビジンに対し高親和性をもつ低分子である。アビジンは酵素的または組織化学的方法により可視化できるように前もって標識された抗体と容易に結合する。
ビオチンは、酵母とヒトの発育因子として1936年、ドイツ生まれのオランダの生化学者ケーグルFritz Kögl(1897―1959)と、当時彼のもとで研修していたユトレヒト大学院生のテーニスBenno Tönnisによって単離、命名され、1942年にデュ・ビニョーによって構造が決定された。
ビオチンは、補酵素として二つの型の酵素反応を助ける。すなわち、
(1)ATP(アデノシン三リン酸)依存性のカルボキシル反応、たとえばアセチル補酵素Aカルボキシラーゼ反応
(2)カルボキシ基(カルボキシル基)転移反応、たとえばメチルマロニル‐オキサロ酢酸トランスカルボキシラーゼ反応
に関与する。また、ビオチン欠乏動物の組織は二酸化炭素をオキサロ酢酸へ取り込む能力が低下し、脂肪酸合成能も低下している。ビオチン欠乏症は、たいていの動物ではこの栄養素を食物中から抜いても発症しない。おそらく腸内細菌がビオチンを合成するためであると考えられる。
[有馬暉勝・有馬太郎・竹内多美代]
なお、ビオチンは食品に広く分布しており、また腸内細菌によって供給されるので、成人での欠乏症はほとんどない。腸内細菌叢(そう)の定着が不十分な乳児期にまれにみられ、脂漏性皮膚炎を呈する。母乳中にビオチン含量が低いことと消化機能が未熟であることも原因である。ビオチン欠乏の症状として、乾燥卵白を大量投与したラットの実験によれば、まず鱗屑(りんせつ)状の皮膚炎が現れ、萎縮(いしゅく)性舌炎、食欲不振、筋痛、異常感覚などを訴え、貧血、心電図異常、血中コレステロールおよびビリルビンの増加などが観察された。また皮膚疾患(掌蹠膿疱(しょうせきのうほう)症性骨関節炎)の一部にビオチン投与が効果のあることが報告されている。
[木村修一]