ビリエドリラダン(読み)びりえどりらだん(その他表記)Auguste Villiers de l'Isle Adam

精選版 日本国語大辞典 「ビリエドリラダン」の意味・読み・例文・類語

ビリエ‐ド‐リラダン

  1. リラダン

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ビリエドリラダン」の意味・わかりやすい解説

ビリエ・ド・リラダン
びりえどりらだん
Auguste Villiers de l'Isle Adam
(1838―1889)

フランスの小説家、劇作家、詩人。11月7日北フランスのサン・ブリウに生まれる。11世紀までさかのぼるフランス屈指の名門貴族の生まれで伯爵だが、家は大革命後没落、父の投機的事業の失敗のため困窮のなかにあった。家門の栄光を文学で回復する志を胸に、1857年故郷ブルターニュからパリに移住。ロマン派、高踏派詩人やジャーナリストと交際、とくにボードレールの知遇とそれを通してのポー文学の啓示は作品に多大の影を落とす。音楽にも接近し、ワーグナーとは親交を結ぶ。ビニーに捧(ささ)げた19歳の『初期詩集』(1859)は高雅なロマン性をたたえているが一般には注目されず、やがて詩的散文の分野に転じ、「哲学小説」と銘打った『イシス』(1862)を発表。傾倒していたヘーゲル哲学の観念論と神秘学による現実超越の志向がみられ、すでに独創的天分が発現されているが、やはり世評を受けるには至らない。ついで希望を戯曲に託し『エレン』(1865)や『モルガーヌ』(1866)を書くが、壮麗な語法がやや時代遅れとみられたか上演の運びとはならず、続く『反抗』(1870)はデュマ(子)の口添えで、また『新世界』(1875)は懸賞当選作として上演されるが、いずれも失敗に終わった。以後、募りゆく貧窮のなか、時流への迎合を潔しとせず、孤高を保ちつつ種々の文芸誌に作品を書き続ける。それらは、『残酷物語』(1883)、『至上の愛』(1886)、『奇談集』(1888)、『新残酷物語』(1888)および死後出版の『彼岸世界の話』(1893)などの短編集に結晶した。

 また長編『未来のイブ』(1886)では、SF的発想に自己の唯心論的世界観を組み合わせ、精神と肉体の調和を理想の美女の創造によって成就させようという試みを描き、『トリビュラ・ボノメ』(1887)では、彼がもっとも嫌悪したブルジョア俗物の典型を描いて時世への自らの侮蔑(ぶべつ)を反語的に表現した。一方、『アルケディッセリル女王』(1886)では、舞台を古代インドに求め、『残酷物語』にもみられた現実超脱の一方途としての伝奇性への接近を再度試み、死において成就する永遠の愛を賛美した。また20年近い推敲(すいこう)のすえに死の床で完成された戯曲『アクセル』(1890)は、作者の「黄金の夢」と「永遠の愛」の希求が薔薇(ばら)十字の秘法を核とする神秘思想によって融合されたのち、死によるいっさいの放棄によってさらに彼方へと現実超脱を貫く壮大深遠な思想劇としてこの鬼才の頂点を築いている。

[秋山和夫]

窮乏の生涯

その生涯は赤貧を極め、とくにプロイセン・フランス戦争(1870)後の窮乏は言語に絶するものがあった。やがて病を得、1889年8月19日、親友マラルメにみとられつつパリの施療病院で窮死した。彼の作品にはカトリシズムの伝統に唯心論と神秘思想が融合し、貴族の矜持(きょうじ)が生来の理想主義とロマン性を支えて精神の高貴を失わず、科学万能主義や実証主義実利主義に毒された当代への痛烈な風刺と、夢幻と永遠なるものへの「絶対の探究」が続けられている。史的にはホフマンネルバル、ボードレールの系列にあり、象徴主義の先駆ではあるが、多彩燦然(さんぜん)たる文体とともに孤高独自の地位を占める。

[秋山和夫]

ビリエ・ド・リラダンの短編

彼の短編はおもに生前発表された代表作『残酷物語』をはじめ、『至上の愛』、『新残酷物語』、『奇談集』、および死後刊行の『彼岸世界の話』の五短編集に収められているが、ここでは別項のある『残酷物語』所収以外のものについて述べる。

 自らを時代の「流謫者(るたくしゃ)」に擬した作者の短編には、ポーの影響のあらわな恐怖譚(たん)『希望による拷問』(『新残酷物語』所収)、『カタリナ』(『至上の愛』所収)、『ルドゥ氏の幻想』(『奇談集』所収)などや、信奉した神秘主義の一端としての心霊現象を実在の科学者の証言を引いて肯定し、カトリシズムの立場の擁護をも説いた異色の『クルークス博士の実験』(『至上の愛』所収)があるが、『断頭台の秘密』(『至上の愛』所収)、『神聖なる瞬間』(『至上の愛』所収)、『ハリドンヒル博士の英雄的行為』(『奇談集』所収)などの多数の短編で、作者は近代の科学万能主義と実証主義が生み出した畸形(きけい)的人物群を描いた。また、功利主義がいかに人間性をゆがめるかを風刺し〔『新職業』(『至上の愛』所収)、『黄金燭台(しょくだい)社』(『至上の愛』所収)、『白象伝説』(『至上の愛』所収)、『輪投げ遊び』(『奇談集』所収)、『泣き男』(『奇談集』所収)〕、文明そのものの倒錯に皮肉を浴びせ〔『蛮人航海者』(『奇談集』所収)〕、悪(あ)しき富者に反語的警告を与え〔『自家製火山』(『奇談集』所収)〕、形式化した信仰を揶揄(やゆ)した〔『賭(か)け物』(『新残酷物語』所収)、『鶏鳴(けいめい)』(『新残酷物語』所収)〕。

 また一方で、当代の俗衆と対立する孤高者の姿を『雷鳴剽窃(ひょうせつ)者』(『奇談集』所収)の鷲(わし)や、『現代の伝説』(『奇談集』所収)の作曲家ワーグナー、『ツァーと諸大公』(『至上の愛』所収)のツァーなどに描き、親交を結んでいた詩人マラルメに捧(ささ)げた『意外な楽しみ』(『奇談集』所収)では芸術の力をたたえ、『霊(くす)しき出来事』(『奇談集』所収)、『奇異なる完勝』(『奇談集』所収)では、反功利主義の表れとしての純な心に郷愁を寄せている。

 ともあれ唯心論と神秘主義に依拠した孤高の作者の真髄は、現世における愛の不可能性を扱った『不可解な女』(『新残酷物語』所収)、『トレドの恋人』(『奇談集』所収)、『シルバベル』(『新残酷物語』所収)、現実からの超脱を可能にする夢想の力の検討を描く『夢想界の選良』(『彼岸世界の話』所収)、『こよなき愛』(『彼岸世界の話』所収)、理想としての永遠の愛の成立を扱う『至上の愛』(『至上の愛』所収)、『幸福の家』(『奇談集』所収)などの諸編にあるといえる。

[秋山和夫]

『斎藤磯雄訳『ヴィリエ・ド・リラダン全集』全5巻(1975・東京創元社)』『斎藤磯雄著『リラダン』(1941・三笠書房)』

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改訂新版 世界大百科事典 「ビリエドリラダン」の意味・わかりやすい解説

ビリエ・ド・リラダン
Jean-Marie-Mathias-Philippe-Auguste Villiers de l'Isle-Adam
生没年:1838-89

フランスの詩人,小説家。11世紀にさかのぼるブルターニュの名門の生れで,自身も伯爵であったが,父が財産を蕩尽したばかりか巨額の借財まで残したので,成年後は貧窮の生活を強いられた。20歳のときボードレールの知遇を得てエドガー・ポーの美学を啓示され,つづいてワーグナーの音楽に熱中,また神秘論に親しんだ。

 これらの影響は物質主義的・実証主義的な近代市民社会と,良識の名を僭称するその厚顔さとに対する激烈な憎悪を彼のうちにはぐくんだ。こうして彼は,孤高の瞑想のうちに幻こそ現実と信じて壮麗な夢想に遊び,この世の現実を冷笑する。練り上げられた輝かしい文体による短編小説集《残酷物語Contes cruels》(1883),長編《未来のイブL'Ève future》(1886)などは,俗物を嘲弄し,芸術と霊的なるものの至高権を主張しつつ,この世に居場所のない流謫者の憂愁をのぞかせる作品だが,マラルメらごく少数の知己に高く評価されただけで,まったき窮乏のうちに死去した。
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百科事典マイペディア 「ビリエドリラダン」の意味・わかりやすい解説

ビリエ・ド・リラダン

フランスの作家。ボードレールワーグナーマラルメらと親交。初め詩・戯曲を書いたが《クレール・ルノアール》(1867年)以後短編に真価を発揮,代表作《残酷物語》や《奇譚集》を書いた。現実の社会を軽蔑(けいべつ),至高の美の世界にあこがれ,象徴主義の先駆的役割を果たした。ほかに長編《未来のイブ》《トリビュラ・ボノメ》など。
→関連項目Android

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ビリエドリラダン」の意味・わかりやすい解説

ビリエ・ド・リラダン
Villiers de L'Isle-Adam, Jean Marie Mathias Philippe Auguste, comte de

[生]1838.11.7. コートデュノール,サンブリユ
[没]1889.8.19. パリ
フランスの小説家,劇作家。ブルターニュの由緒ある貴族の家に生れたが,父親が財産を蕩尽。早くからパリに出て文人と交わり,ワーグナーから強い影響を受けた。詩,戯曲,小説のほか雑誌の編集にも手を染めたが,自作の上演に失敗して破産,生涯を極貧のうちに過した。ネルバルの系譜に連なる幻想小説にすぐれ,作品には,短編集『残酷物語』 Contes cruels (1883) ,『至上の愛』L'Amour suprême (86) ,『新残酷物語』 Nouveaux contes cruels (88) ,小説『未来のイブ』L'Ève future (86) のほか,戯曲『エレン』 Elën (65刊) ,死後刊行の詩劇『アクセル』 Axël (90) などがある。

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世界大百科事典(旧版)内のビリエドリラダンの言及

【ロボット】より

…前出の《R.U.R.》のテーマはその延長線上にある。一風変わったところでは,ビリエ・ド・リラダンの《未来のイブ》(1886)が,機械美女アダリーを生んだエジソン(アメリカの発明王エジソンがそのモデル)の才能にことよせて科学技術の精華をひたすら詩的にうたいあげているのが興味深い。 20世紀に入って,科学技術の発展によりロボットの開発が現実的問題になりだす1940年代初頭には,I.アシモフが〈ロボット3原則〉を提示して,従来のロボットSFの抽象性と矛盾を払拭(ふつしよく)し,明快な論理をそこに据えた。…

※「ビリエドリラダン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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