翻訳|spiritualism
原語は,空気,風,呼吸のち霊気,精霊,精神を意味するラテン語spiritusにさかのぼり,今日では唯物論に対して精神ないし精神的なものを原理または実在とする立場をいう。日本では,明治期には〈心即理也〉という見方からidealismの訳語として多く用いられたが,観念論と唯心論とを訳し分け,前者を実在論,後者を唯物論と対比するのは,20世紀初頭以来である。カントは独断的唯心論者とは,〈思惟する実体を自我において直接に知覚しうると考え,この思惟する実体の統一性が人格の不変の統一性を成す〉と主張する者であり,伝統的な合理心理学の説く非物体的・不朽的・人格的な実体としての精神Seeleの精神性Spiritualitätを肯定する者として,物質のみを認める唯物論者を退けるのと同様にこれを退けた。
一般に,根本的な実在を精神的なものとみなす唯心論は,物質的なもの,意識をもたないものも何らかの意味で精神的なものの色彩を帯びるかまたはその萌芽を含むとする以上,最広義では古代以来の物活論やアニミズムも唯心論に編入されうる。その典型的なものはライプニッツの単子論であり,その影響下にあるロッツェの哲学体系であり,さらにはフランスのラベソン・モリアンやルヌービエの思想である。精神を世界霊魂,世界精神と解するなら,プラトン,プロティノス,ヘーゲルなどが,自我性,意志と解するなら,フィヒテ,メーヌ・ド・ビラン,ショーペンハウアーなどが代表となる。またW.ジェームズも哲学を唯心論と唯物論とに区分し,前者を一神論と汎神論に分け,自己の〈根本的経験論〉は汎神論に属し一元論的な絶対的観念論に対立するものとした。
執筆者:茅野 良男
《華厳経》に説かれる〈三界唯心〉の思想や,瑜伽行唯識派の主張する唯識説などが仏教における唯心論の典型である。〈心の浄化〉を目的とする仏教は初期仏教いらい本質的に唯心論的傾向の強い思想であるが,あらゆる存在は心が作り出したものにすぎないという本格的な唯心論は《華厳経》の十地品にある〈三界は虚妄にしてただこれ心の作なり。十二縁分はこれみな心に依る〉との一文によって成立した。この《華厳経》の影響をうけ,さらにヨーガ体験にもとづいて,すべてをアーラヤ識に還元する唯識説にいたって仏教的唯心論はその極に達した。中国仏教においてその唯心論的傾向はますます強められ,華厳宗法蔵の十重唯識説や天台宗の一念三千説などが成立した。
→観念論 →唯物論
執筆者:横山 紘一
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唯物論に対する形而上(けいじじょう)学的見地で、精神を存在の根源とみなす。物質、生命、精神を存在論的に考えるとき、次のように比較することができよう。三者の独立を認める立場。物質だけを真の存在者とし他をその現象とする唯物論。物質に生命原理を対立させ、精神は生命の発展上に考える生命主義。生命は物質の一現象とし(動物機械論)、物質と精神とをたてる二元論。精神で生命を説明しつつ物質を対立者とするアニミズム。最後に、精神を第一義的存在とし、物質と生命とは精神がいまだ眠り、あるいは無意識的に活動している段階と位置づける唯心論。ところで認識論上、知識の成立を実在論とは逆方向に観念から存在への道ととらえる観念論は、かならず精神の存在を前提するのに、物質等の独立的存在は認めるにしてもその証明が課され、その証明の困難さから容易に非物質主義に至るため、観念論と唯心論とはしばしば混同される。唯心論が倫理的、宗教的実践の文脈でいわれるときは、自発性をもつ精神の他への還元不能性が問題で、このとき、物質、生命は自然、肉体等として精神に対し、価値の対極をなすものと考えられる。
[松永澄夫]
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…この種の現象は古来各地で知られている。とくにヨーロッパ諸国では,いわゆる心霊主義spiritualismの伝統があり,スウェーデンボリの著作などを通じてなじみが深かったが,19世紀中葉までは系統的研究の対象とはならなかった。1847年デービスAndrew Jackson Davisというアメリカの無学な一青年が催眠のトランス状態で神秘的大著を口述するという事件があり,翌48年にはニューヨーク州の寒村で〈ハイズビル事件〉が起こる。…
…実在論,唯物論,現実主義に対立する。明治10年代,《哲学字彙》では,ideaの訳語に仏教用語の観念を当て,idealismは唯心論と訳したが,idealismを観念論と訳すのは明治10年代の後半,とりわけ30年代からである。この観念という訳語は(1)客観的実在としての形相すなわちイデア,(2)主観的表象としての想念,概念,考えすなわちアイディアないし観念,(3)理性の把握しうる概念すなわちイデーないし理念,(4)現実に対するアイディアルすなわち理想などを包括しており,これに応じて観念論も客観的観念論,主観的観念論,理想主義に大別しうる。…
…生涯,知識人としての最高の名誉に恵まれながら,つねに寡欲で献身的な聖人の面影を失わず,第2次大戦下のパリ,ナチスの提供する特権を拒みながら,清貧のうちに没した。 その哲学は師であるラベソン・モリアン,ラシュリエらと同じく,フランス伝来の唯心論的実在論に属し,晩年カトリック神秘主義をも取り入れたが,同時代最新の科学的成果を渉猟したその思索は,実証主義的・経験主義的形而上学とも呼ばれる。真の実在とは何か。…
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