翻訳|Isis
古代エジプトの女神。起源は玉座の神格化とみられるが,ここから王権の神オシリスと結びつき,オシリスの妹にして妻,ホルスの母とされた。オシリス神話では,ばらばらにされた夫の遺骸をつなぎ合わせてミイラとし,復活させたとされ,オシリス信仰の普及と共に,死者の守護女神,死者を復活させる呪力の所有者,母神,忠実な妻の典型として最も親しまれる神となる。末期王朝時代にはさまざまな女神と習合して,エジプト各地で信仰され,ギリシア・ローマ時代にはアレクサンドリアの港の守護女神から航海の守護女神となり,女神を宇宙神とする秘儀宗教的な信仰がローマ帝国全体にひろまった。その聖所はローマ,ケルンなど西ヨーロッパ各地で発見されている。エジプト国内ではプトレマイオス朝に造営されたフィラエ島のイシス神殿が最もよく保存されており,アスワン・ハイ・ダムの建設による水没のため,1980年に近くのエジョリカ(アギルキア)島に解体移転された。玉座を頭上に頂く女性として表されるが,死者の守護女神としてはしばしばハゲワシもしくは有翼の女性として表現され,その翼が生命のいぶきを与えるとされた。また天の女神ハトホルと同じく,日輪と牝牛の角を頂く女性としても描かれる。母神として膝上に王や幼いホルスを抱き,時には授乳させている姿は,聖母像との関連が指摘されている。ギリシア人はデメテル女神と同一視した。
執筆者:屋形 禎亮
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古代エジプトおよび古代ギリシア・ローマで崇拝された女神。イシスというのはギリシア読みで、古代エジプト読みではシェト、イシェトとなる。地の神ゲブと天の女神ヌトから生まれた4神のうちの1神で、ほかの3神は男神のオシリスとセト、女神のネフティスであった。オシリスと兄弟婚をして、男神ホルスをもうけた。プルタルコスが伝える『オシリス神話』によれば、夫オシリスがセトに殺されてその遺体をナイル川に投げ込まれたのち、イシスは各地をさまよってオシリスの遺体を探し出し、生き返らせたという。また息子のホルスを育てて父の仇討(あだうち)をさせたことから、イシスは良き妻、良き母、すなわち女性の典型とみなされた。他方、太陽や牝牛(めうし)とつながりをもつ豊饒(ほうじょう)の女神としてエジプト各地で崇拝され、エジプトが衰退したのちは、ギリシア、ローマでイシス崇拝が広く行われた。ナイル川中流のフィラエ島に大神殿がある。
[矢島文夫]
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古代エジプトの女神。オシリスの妹にして妻。夫がその弟セトに殺されたのち,死体を復活させる一方で,子ホルスを育て父の仇を討たせた。大母神(magna mater)として信仰されローマ時代に及んだ。
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…ここで彼女はゼウスによって人間の姿に戻され,のちにエジプト王となってメンフィス市を建設する一子エパフォスEpaphosを産んだという。彼女はしばしばエジプトの女神イシスと同一視された。【水谷 智洋】。…
…ただハーンがこのような立論をするほど,古代オリエント世界において,牛が農耕儀礼で犠牲にされ,神話上の神シンボルに伴って登場したことは確かなことである。 豊饒の女神,例えばフェニキアのアスタルテ,バビロニアのイシュタル,古代エジプトのイシス,ギリシアのイオはすべて月の女神とみなされ,かつ雌牛と密接なかかわりをもっている。農耕にまつわる祭儀や神話と牛とのかかわりは,前2千年紀後半,東地中海のカナンの地に栄えたウガリト王国の神話に登場するバアルとアナトの物語の中にみごとに示されている。…
…起源は春ごとに復活する植物(とくに穀物)の霊の神格化されたものとみられ,ナイルの増水の神ともされたが,王権理念と結びついたオシリス神話の形成によって,エジプト人の来世信仰の中核に発展し,太陽信仰と並ぶエジプト宗教の基本要素となる。神話の内容はのちギリシア人プルタルコスの《イシスとオシリスについて》にまとめられている。オシリスは大地の神ゲブと天の女神ヌートの子で,エジプト王として善政をしくが,弟である邪神セトにねたまれて殺され,ばらばらにされて投げ捨てられる。…
…J.G.フレーザーによると,キプロスにおけるこのような儀礼は,地母神をまつるすべての神殿に共通にみられ,女性は神殿において,しばしば神にみたてた見知らぬ客人に処女を捧げる役割を演じたという。 地母神の名は地域によって変化し,キュベレ(小アジア),イシュタル(バビロニア),イシス(エジプト),アフロディテ(ギリシア),アスタルテ(フェニキア)など呼称は大きく相違しているが,基本的性格はまったく変わらない。バビロニアにおいては,すべての女性はイシュタルの神殿に参籠し,貧富の別にかかわりなく,生涯に一度見知らぬ客人に身を任せ,そこで得た報酬を地母神に奉献することが義務づけられていた。…
…さらに1970年の佃実夫による同様な調査でも,110曲中に動詞では〈泣く〉が43曲で第1位,名詞では〈涙〉が78曲で全曲の7割にあって第1位だった。 大量に流す涙の例には,ナイル川の氾濫を女神イシスの涙とみなしたり,兄カウノスKaunosを慕って追うが力尽きて倒れ,その流す涙が泉となったビュブリスByblisの話(オウィディウス《転身物語》)などがある。また中国では,始皇帝に徴発されて万里の長城建設に従い,苦役に耐えず死亡した夫に冬服を届けに来た孟姜女が,夫の死を知って号泣したところ,涙で長城が崩れてその跡から夫の死骸が現れたという。…
…そしてそのような女神が子神を伴って崇拝されることも少なくなかった。たとえばエジプトには,女神イシスが幼児ホルスを抱いて授乳する像や,イシスのひざの上に向きあって座るファラオ(王)の浮彫がある。母子像は母と息子に限らず,古代ギリシアのデメテルとコレー(あるいはペルセフォネ)のように,母と娘の場合もある。…
…古代オリエント,ならびに地中海世界の人々の心を魅了した〈聖なる花嫁〉,豊饒の女神とは,どのような神々であったのか。これについては,北シリアのラス・シャムラ(ウガリト)で発掘された粘土板に刻まれたバアル神話の女神アナトAnatをはじめ,エジプトのオシリス崇拝における女神イシス,ギリシアやフェニキアのビュブロスのアドニス信仰にみられる女神アフロディテなど,いずれも男神=花婿の死を嘆き悲しみ,死者の国から花婿を連れ戻すために闘う戦勝の女神として知られている。 M.エリアーデの《大地・農耕・女性》によると,古代地中海世界に広くみられるこうした女神崇拝は,古代社会における農耕儀礼に,その起源をさかのぼることができるという。…
※「イシス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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