日本大百科全書(ニッポニカ) 「フェルプス」の意味・わかりやすい解説
フェルプス
ふぇるぷす
Edmund Strother Phelps
(1933― )
アメリカの経済学者。大恐慌のさなかに、イリノイ州エバンストンに生まれる。誕生時には両親がともに失業していたという。1955年にアマースト大学を卒業し、1959年にエール大学で経済学博士号を取得する。エール大学を経てペンシルベニア大学、コロンビア大学、ニューヨーク大学の教授を歴任し、1979年からふたたびコロンビア大学教授を務める。1960年代に、長期的には失業とインフレーション(物価上昇率)の間に関係がないとの一連の研究成果を発表する。この業績が、失業率を低下させるには景気刺激策をとるのではなく、物価安定を重視すべきだとする現在のマクロ経済政策の理論的支柱となっている。政府が解くべき最適化問題は、「フェルプス問題」とよばれるほど、影響力は大きい。2006年に「マクロ経済政策における、失業とインフレーションの逆相関関係(trade-off)の時間的な分析」の功績で、ノーベル経済学賞を受賞した。
1950年代から1960年代にかけてはケインズ経済学が主流で、インフレーションと失業は「フィリップス曲線Phillips curve」に示されるように逆相関の関係にあるとされ、失業率を下げるには、財政出動や金融政策で需要を喚起して物価を上げることが有効との「総需要管理政策」の考え方が支配的であった。フェルプスは、失業の分析に個人や企業の行動というミクロ経済理論を忠実に適用し、合理的期待と実質賃金の硬直性を前提とした理論を構築した。企業の賃金設定の硬直性、失業者が仕事をみつけるまでの時間などが失業率に影響し、長期的には失業はインフレーションには左右されないとする「期待調整済みフィリップス曲線expectation-augmented Phillips curve」仮説を提唱し、失業率は労働市場の構造によって決まることを示した。
この仮説は同時期にM・フリードマン(1976年にノーベル経済学賞受賞)も主張し、長期的に失業率は財政・金融政策に左右されないとするフリードマン‐フェルプスの「自然失業率仮説natural rate of unemployment hypothesis」と名づけられた。失業率の低下を目ざす総需要管理政策が、長期的にはインフレーションを招く弊害があることを指摘し、現在のマクロ経済政策に大きな影響を与えている。1970年に出版された労働市場に関する優れた研究論文集『Microeconomic Foundations of Employment and Inflatoin Theory』は「フェルプス本」とよばれ、その後の不確実性の経済学、情報の経済学、職探しの行動理論など多くの経済理論の出発点となった。このほか世代間の資本蓄積の分析、人的資本が経済成長に欠かせないとする分析など、先駆的業績を数多く残している。
[金子邦彦]