改訂新版 世界大百科事典 「ブイリーナ」の意味・わかりやすい解説
ブイリーナ
bylina
ロシアの民衆の間で伝承された一群の英雄叙事詩。キリスト教と異教の相克,遊牧民との闘争など,11~16世紀のロシア史上の諸事件を反映しているが,登場する英雄たちが常に実在人物に比定できるわけではない。異教時代の面影をのこす豪傑たちをうたったもの,キエフ大公ウラジーミルに仕えるイリア,ドブルイニャ,アリョーシャなどの勇士が活躍するもの,グースリ弾きから商人に成り上がるサトコやわんぱく者ワシーリーを主人公とするノブゴロドの市民生活と結びついたものなどに大別される。作品の長短はさまざまであるが,大部分はほぼ16世紀までに成立していたと考えられる。モスクワを中心とする中部ロシアでは早い時期に消滅し,主としてオネガ湖周辺や白海寄りの北部地方,南ロシアのコサック居住地,シベリアなどの僻地で伝わった。本格的な収集と刊行が始まったのは19世紀後半以後である。形式上の特徴としては,一定のリズムを備えており,北部やシベリアでは単独の語り手によって独特の節回しで語られ,南部では民謡のように多声で合唱された。中世にはスコモロフと呼ばれる旅芸人がブイリーナを語り歩いたという説もあるが,19世紀以後にはブイリーナ語りを職業としている例はなく,語り手は農業や漁業あるいは手工業に従事していた。一つの家系で4世代にわたって一流の語り手を輩出させたオネガ湖キジ島のリャビニン家,母と娘がともに名人とうたわれた白海のクリュコフ家などが有名である。娘のマルファ・クリュコワMarfa Kryukova(1876-1954)はロシア革命後ソビエト作家同盟の会員に迎えられた。そのマルファによって,レーニンや内戦期の英雄チャパエフを主人公とするブイリーナが創作されたが,広く人気を博するにはいたらなかった。1960年代までは北部地方でときおり採録例が報告されたが,現在では伝承者が絶えている。
執筆者:中村 喜和
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報