改訂新版 世界大百科事典 「プイ族」の意味・わかりやすい解説
プイ(布依)族 (プイぞく)
Bù yī zú
中国の貴州省南部,広西チワン(壮)族自治区紅水河流域,ベトナムの北部トンキンに分布する少数民族。自称はポウイ,プヤイ,プディオイ。漢族は狆家,夷家と呼称した。中国領の人口約258万(1990)。最多集居地区は貴州省黔南(けんなん)プイ族ミヤオ(苗)族自治州で,貴州ではほかに貞豊,望謨,冊亨,安竜,紫雲の各自治県に分布する。言語系統は,タイ諸語のうちのカム語群の系統に属し,チワン語の北部方言に近似する。元来,無文字であるが,1956年プイ文が制定された。
山間の小盆地・小河川沿いに水稲,小麦,陸稲,コーリャン,綿花,チョマ(苧麻)などを栽培するが,解放前は焼畑耕作が主であった。﨟纈(ろうけち)染をよくすることで知られる。元来は古代百越の支族で,広西一帯より紅水河流域を貴州方面へ拡散したといわれる。明・清時代は土司制度下に置かれ,ミヤオ族,コーラオ(仡佬)族などとしばしば反乱を起こした。風俗,習慣などは強く中国化されている。父系出自に基づく家父長的大家族制を有し,家屋は,平屋と楼房を合わせた半辺楼で,床下は家畜小屋。婚姻には同宗同姓不婚の原則を固持し,婚資は通常銀か牛である。
信仰は基本的にはアニミズム信仰であるが,道教との習合が強い。家ごとに祖先の位牌をまつり,村寨には土地廟をまつる。また風水,竜脈を信じ,天地開闢(かいびやく)などの創世神話を有する。病気のときには巫師(魔公,迷納)が悪鬼をはらう(解幇)。正月行事は,農暦12月下旬から翌年正月15日の間に行われ,銅鼓をたたき若水をくむ。4月初8日は牛王節(開秧節,牧童節)で,丸餅またはおこわで祝う。6月初6日は予祝行事であるが,安竜地区ではとくに1870年(同治9)蜂起にちなむ記念日として最大の行事とする。そのほか端午節,中秋節など漢族と同様祖先祭祀をともなう。祝日期間はいずれも同時に青年男女交歓(玩表)の場となっている。死者は木棺に納められ,出棺時に巫師が〈開路〉の儀礼をつかさどる。また牛の供犠(打戞)をともない,紙銭と香をたく。トンキンでは埋葬3年後に遺骸を骨壺に改葬する。
執筆者:喜田 幹生
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報