中国,朝鮮,日本に見られる管楽器の一種。舌と呼ばれる振動体(ダブル・リードとして機能する)を付け,口にくわえて吹き鳴らす。悲慄,悲篥,篥などとも書き,と略記することもある。また,古くは笳管(かかん),管,賀管ともいった。
現代の中国では,管あるいは管子と呼ばれるものを使用しており,篳篥は古楽器とされる。篳篥は南北朝に西域の胡(こ)の楽器として伝えられ,隋,唐の時代には主要旋律を奏する楽器として宮廷の音楽に用いられ,宋代には宮廷や新しく発展しはじめた劇楽でも,ますます重要な楽器とされた。指孔が9孔(表7孔,裏2孔)あり,木あるいは竹製の管にアシの茎で作った舌をさし込んで奏するものがもっとも一般的で,日本に伝来したのはこの楽器である。なお,六朝末には,普通の篳篥のほかに大篳篥,小篳篥,双篳篥,桃皮篳篥などの種類があったと記録されている。清の時代には管,または管子と呼ばれる楽器が普及したが,これは木製あるいは骨や角の管にアシの舌を用いる8孔(あるいは9孔)のもので,日本の篳篥のような樺巻(かばまき)はない。現行のものは,南方では竹製が多く,北方では紫檀などの木製もある。
朝鮮では,高麗の時代に宋から,唐觱篥として伝来した。9孔のものもあったらしいが,成宗(在位1469-94)のときに8孔(表7孔,裏1孔)となった。これは竹製の管に竹製の舌をつけて演奏する。現在では,唐楽系の音楽には唐觱篥,弦楽器中心の室内楽や歌曲には繊細な音の細觱篥,民俗音楽には大觱篥とも呼ばれる郷觱篥を,用途によって使い分けている。いずれも8孔の竹製で,日本の篳篥のような樺巻はない。
日本では,唐との交流が始まった7世紀初頭,中国から伝来したと推定される。当時,大篳篥と小篳篥の2種類があったが,前者は平安時代中ごろに廃絶し,その後は篳篥といえば,もっぱら後者を指すようになった。奈良時代には唐楽専用の楽器として用いられたが,旋律を自由に吹けることから,平安時代には高麗楽(こまがく)や,宮中の神事用の音楽にも使用されるようになった。現在では重要な旋律楽器として,雅楽のあらゆる種目に用いられる。日本の篳篥は竹管を用い,尺八とは逆に竹の本(もと)(根に近いほう)を首(上)に,末(根と反対のほう)を尾(下)に作る。アシの茎を切って舌(芦舌(ろぜつ))とし,管の上端にさし込み,楽器を縦にもって演奏する。竹の長さ約18cm,首の直径約1.5cm,尾の直径約1cm。指孔は楕円形で,表に7孔,裏に2孔の9孔。その位置や大きさは竹の形質によって異なる。管の周囲には指孔の個所を除いて樺巻が施されているが,これは高温多湿の日本の気候から楽器を守るためのもので,能や雅楽の各種の笛に見られるのと同様である。管の内側にも音色を良くするために朱漆を塗る。芦舌は,2枚の薄いリードを合わせる様式のダブル・リードと異なり,くわえる部分を薄く削り,熱して平らにつぶしたものを使用する。また,管頭にさし入れる部分には1.5cm幅の図紙(ずがみ)と呼ばれる和紙を厚く巻きつけ,管にさし込んだとき,ずれないようにする。
演奏の前には芦舌を渋茶に浸して湿らせ,芦舌の先端が開いた所に息を吹き込む。芦舌には音色や音量を調節するためにトウ(籐)で作った帯状の輪(世目(せめ))をはめる。芦舌を使用しないときは,ヒノキ(檜)製の烏帽子(えぼし)をかぶせて先端を保護する。音域は1点トから2点イまでの約1オクターブ。篳篥の音高は,一つの指づかいのままでも,芦舌のくわえ方や息の吹き入れ方によってかなり大幅に変化する。音高の連続的変化によって旋律進行を滑らかにする〈塩梅(えんばい)〉の手法は,こうした楽器の性格から生まれたといえる。音量は大きいが,表情に富む。篳篥は合奏の主旋律を奏する楽器であるため,その唱歌(しようが)は箏や琵琶をはじめ,打ち物や舞の練習にも利用される。指孔の名称は,江戸時代以降,現行のように表面の上から,丁(てい)・一(いつ)・四(し)・六(りく)・凢(はん)・工(こう)・五(ご),裏面の上から,(じよう)・厶(む)という。篳篥の譜面は,以上の孔名を用いた指づかいの方法で表すが,管絃と舞楽では唱歌を書き記した横に指づかいを書くのが一般的である。
執筆者:加納 マリ
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雅楽に用いるダブルリードの気鳴楽器。竹製約18センチメートルの管に、舌(した)あるいは蘆舌(ろぜつ)と称する蘆(あし)製の2枚リードを差し込む。口径は太いほうが約1.5センチメートル、細いほうが約4センチメートル。表7孔で裏側に2孔あり、上から順に表孔は丁(てい)・一(いつ)・四(し)・六(りく)・几(はん)・工(こう)・五(ご)、裏孔は⊥(じょう)・無(む)とよばれる。指孔間は樺(かば)巻きといい、桜の皮で巻く。西域(せいいき)起源のチャルメラ系の楽器で、非常に大きな音が出る。日本には大篳篥と小篳篥が伝わったが、9世紀ごろの国風雅楽の成立とともに大篳篥は使われなくなった。舌のくわえ方により自在なメリカリや「塩梅(えんばい)」とよばれる特定の細かい節回しができ、人声に似た表現をすることから「如意管」ともいわれる。習得にはチラロルロ……といった「口唱歌(くちしょうが)」を用い、この仮名譜を実際に歌いながら覚える。日本在来の神楽(かぐら)、催馬楽(さいばら)、朗詠(ろうえい)でも用いられ、各種の笛とともにくっきりした旋律を奏する。
[橋本曜子]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
笳管(かかん)とも。雅楽の主要旋律を演奏するダブルリードの管楽器。奈良初期に中国から伝来。古くは大篳篥があったが平安中期に絶えた。長さ18cmほどの竹に表7孔,裏2孔をあけ,樺巻(かばまき)をほどこす。上部に芦製の芦舌(ろぜつ)をいれて強く吹く。指遣いをかえずになめらかに音を変化させる塩梅(えんばい)という技巧が特徴。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…古代以来もっとも長い歴史をもつ東アジアの音楽。中国で成立し,朝鮮,日本,ベトナムなどの王朝国家に伝えられ,主として国家的制度のもとで管理,伝承されてきた。中国の雅楽は,〈雅正の楽〉の意で俗楽に対立し,儒教の礼楽思想に基づいて成立,発展したために狭義には天地宗廟の祭祀楽を意味するが,広義には国家,宮廷の儀式や宴饗の楽も含める。狭義の雅楽は古来の雅楽器を用い,堂上登歌(どうじようとうか),堂下楽懸(どうかがくけん)の2種の楽を奏し,八佾(はちいつ)の舞を舞うという一定の形式を有する。…
…東アジアのダブル・リード気鳴楽器。中国南北朝時代に亀茲楽(きじがく)と共に西域から中国へ伝来したと言われ,当時はこれを篳篥,觱篥,悲篥などと称した。初めは竹製または木製の9孔(前7後2)であったが,後には8孔(前7後1)となった。隋・唐の宮廷宴饗楽において主旋律を奏するのに用いられ,宋代には独奏楽器としても用いられるようになった。その音量の豊かなことから,室外演奏に適しており,戯曲音楽の伴奏にも使われている。…
…日本音楽の用語。楽器の擬声語のこと。元来は雅楽や能の管楽器の擬声語のみ唱歌と称したが,最近では口三味線など固有の名称をもつものも含めて,すべての楽器に対してこの語を用いるのが普通になっている。唱歌は,それだけで楽器音のすべての要素を直接的に表示するものではないが,一般に,奏法,あるいはリズム,音色,さらにはまとまった旋律の型などといったものと密接に結びついた形で,ある程度固定しているため,声を出してそれを歌うと,きわめて正確に楽器の音として相手に伝達することができ,紙に書かれた唱歌からも,かなり多くの要素を読み取ることができる。…
※「篳篥」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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