日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヘブライ法」の意味・わかりやすい解説
ヘブライ法
へぶらいほう
『旧約聖書』に含まれている法規範をいう。とくに「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」のいわゆるモーセ五書に主として散在し、ユダヤ教ではこの五書を「律法」(トーラー)と総称している。民族的信仰によれば、イスラエルの民が奴隷生活を強いられたエジプトから脱出する途中、シナイで神ヤーウェが民族解放の指導者モーセに啓示したもの、とされる。
ヘブライ法には二つの形式のあることが指摘されている。一つは「あなたは……しなければならない(してはならない)」という断言的形式である。宗教的道徳的重罪にかかわるものを対象としており、性格上宗教法、すなわち神殿において神の権威をもって告げられたもの、いわば神の戒めである。他の一つは条件法的形式のもので、「もし人がこれこれの罪を犯すならば、かくかくの罰を受けなければならない」というものである。前者はイスラエル以外ではまれにしかみられない独特の形式であり、後者はカナン法をはじめ、シュメール、アッカド、ヒッタイトなど古代オリエントの法と共通する。イスラエル民族が宗教的契約共同体として、パレスチナの地で土着化していくなかで、共通の中心聖所での年ごとの祭儀において契約の具体的内容として民族固有の法が伝承されていくとともに、カナン法および古代オリエントの諸法をも取り込んでいった過程をうかがわせる。「出エジプト記」20章23~23章33は契約の書とよばれる法文であるが、ヘブライ法のなかでは最古のものに属するとされる。このほか、十戒(「出エジプト記」20章2~17、34章10~26、「申命記」27章15~26)、神聖法典(「レビ記」17~26章)、申命記法(「申命記」12~26章、28章)、祭司法典(「出エジプト記」25~31章、35~40章、「レビ記」1~7章など、「民数記」5~6章、8~30章)などをあげることができる。
これら資料の編集は紀元前9世紀から前5世紀末までの大きな幅をもつ。しかし、上述の契約の書が前11世紀の時代史を背景としていると推論されるごとく、内容的にはかなり古くさかのぼるもののあることは、いうまでもない。
[石川耕一郎]