ヘルマンス(読み)へるまんす(その他表記)Willem Frederik Hermans

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヘルマンス」の意味・わかりやすい解説

ヘルマンス
へるまんす
Willem Frederik Hermans
(1921―1995)

オランダの小説家。オランダ戦後(第二次世界大戦)文壇巨星。大戦下のアムステルダムと解放後1週間のブリュッセルを舞台にした長編アカシアの涙』(1949)で世を驚かす。英雄と裏切り者との区別は定かではないとして、戦時における善悪の問題と人間の得体の知れなさを追求した秀作。人は先の見えない運命に供されていて、人間関係は悪意の誤解によって支配されているとして、人生に失敗した悲劇的な人物たちを描写することによって悲観的な世界像を説く。戦後オランダ文学の最高峰といわれる長編『ダモクレス暗室』(1958)は、他の主作品がそうであるように三部構成をなす。(1)序文 反英雄がどうかして自分の価値を認めてもらおうと足掻(あが)く。(2)本文 主人公の英雄が、友として敵として登場する彼と瓜(うり)二つの人物の保護下に行動するが、情況はしだいに主人公に不利になってくる。(3)事後評価 主人公は目的を達成できずに、すべての努力は徒労にすぎなかったと悟る。人の行為はそもそもその最初から偽りのデータに根ざしているのであるから、人はいかなるシステムをもってしても人生の迷宮から抜け出ることができないとヘルマンスは説く。「カトリック教徒はオランダ国民中のもっとも卑しい愚かな振舞をする大廉売品のごとき者たちだ」という反カトリック発言をして、裁判沙汰(ざた)になった長編『われ常に正しき』(1951)は、「大教義・大理想は失墜する」というテーマを扱う。「大理想とは無用の長物なり。それは、所詮(しょせん)存在しないものだ」とヘルマンスはいう。また、恐れられた紙上論争家で、論争集『お堅い形式主義者ども』(1955、再版1970)のように、独特の嫌みたっぷりの毒舌で他の作家たちに個人的な攻撃を加え、多くの敵をつくる。ほかに、不成功に終わった地質学探検の報告を扱った長編『もう眠らないぞ』(1966)、中編『パラノイア』(1953)、『天才児あるいはトータルロス』(1967)、批評集『サディスト的宇宙その2』(1970)、短編フィリップのソナチネ』(1980)、以前の名声を取り戻した長編『ベビーシッター』(1989)、死の直後に出た中編『ザラザラ音立てる砂利』(1995)などがある。フローニンゲン大学の地文(ちもん)学講師を辞職後(1973)、パリ、ブリュッセルに住み、ブリュッセルで他界。

[近藤紀子]

『雑賀紀彦訳『アインシュタイン、神を語る――宇宙・科学・宗教・平和』(2000・工作舎)』

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