ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ヘームスケルク」の意味・わかりやすい解説
ヘームスケルク
Heemskerck, Jacob van
[没]1607.4.25. ジブラルタル沖
オランダの極地探検家,軍人,提督。北極経由でインドに達する北東航路の発見を目的に,ウィレム・バレンツとともに探検隊を組織。1596年スバールバル諸島のスピッツベルゲン島に到達(ただしグリーンランドと誤認),東行して今日のノーバヤゼムリャーの北岸に着いたのち,氷に閉じ込められて越冬。1597年春,船を放棄して 2隻のボートにより脱出,途中バレンツは死亡したが,同 1597年無事帰国,ヨーロッパ人で初めて極地における越冬に成功した。その後,東インドへの商船隊を指揮したのち,オランダ海軍最高司令官に任命された。1607年ジブラルタル沖でスペイン艦隊に大勝利を得たが,戦死した。(→北極探検)
ヘームスケルク
Heemskerck, Maerten van
[没]1574. ハールレム
オランダの画家。 1528年頃 J.スコレルの工房にいたが,32~35年ローマに滞在,古代の建築や彫刻,ルネサンス盛期の絵画などを素描。帰国後はローマ風の宗教画を多く描き,オランダのマニエリストとして知られた。作風は劇的な光線の効果や幻惑的な可塑性を特徴とする。 48年以降は版画の下絵も制作した。作品は『アン・コッドの肖像画』 (1529,アムステルダム国立美術館) ,『聖母を描く聖ルカ』 (32,ハールレム,フランス・ハルス美術館) など。
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