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北極 ほっきょく North Pole; Arctic

7件 の用語解説(北極の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

北極
ほっきょく
North Pole; Arctic

地軸の北端で,北極点ともいう。広義には北極を中心とする北極海周辺の地域をさし,北緯 66°33′以北を北極圏と呼ぶ。北極点には北緯 90°の地点と,磁極上の北極 (北磁極) とがある。北磁極は年々移動しているが,カナダ北部のクイーンエリザベス諸島中,およそ北緯 77°20′,西経 102°50′ (1990) にある。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

北極

北極点を中心とする北極海は、シベリア、カナダ、アラスカなどの陸地に囲まれている。地球の自転軸の傾きで、夏は夜でも薄明かり状態が続く「白夜」があり、冬は昼間でも太陽がほとんど昇らない「極夜」がある北緯約66度33分以北を、「北極圏」という。ただ、極地としては「森林限界」「夏の気温が10度を超えない」「永久凍土がある」など様々なとらえ方がある。温暖化論議に出てくる「北極」は、比較的低緯度でも極寒のシベリア南部やカナダ南部付近などを含めた北極域全体を指すことが多い。

(2006-05-29 朝日新聞 朝刊 1総合)

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デジタル大辞泉の解説

ほっ‐きょく〔ホク‐〕【北極】


地軸北半球地表と交わる点。北緯90度の地点。北極点。
地軸延長線が北側で天球と交わる点。天の北極
地磁気の北の極。北磁極。
北極星。また、北天の高所にあって動かないということから、天子の位。
「紫宸(ししん)―の高きに座して」〈太平記・三〉
北極地方および北極圏の略称。

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監修:松村明
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百科事典マイペディアの解説

北極【ほっきょく】

北緯90°の地点。地球自転軸が北半球の地表と交わる点で北極海のほぼ中央にある。極点征服は米国のピアリーグリーンランド側から西経70°の経線に沿って北上し1909年4月6日に到達したのが最初。
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世界大百科事典 第2版の解説

ほっきょく【北極】


天文学の北極】
 天体の自転軸が天体の表面と交わった点の一つ。地球の北極,火星の北極,月の北極などという。自転軸が天体の表面と交わる点は二つあるが,その点から周極星の日周運動を見た場合に,反時計回りに見えるほうをその天体の北極,時計回りに見えるほうを南極という。 地球の自転軸を無限に延長して天球と交わらせた2点のうち,北側の点を〈天の北極〉という。赤緯+90゜の点に当たる。地球の自転軸が歳差や章動,極運動などにより空間に対して変動するため,恒星に対する天の北極の位置は変化する。

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大辞林 第三版の解説

ほっきょく【北極】

地球上、地軸が北方で地表と交わる点。
◇ 北極圏。また、地球の北のはての地方。
天球上、地軸を北方に延長したとき、天球と交わる点。天の北極。
▽↔ 南極

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

北極
ほっきょく
the Arctic

北極点North Poleを中心として広がる海洋とそれを取り巻く大陸の最北部からなる地域をいう。北極を他の地域から分かつ境界はいくつかある。まず北緯約66度33分の北極圏Arctic Circleは、地球の自転軸(地軸)が地球の軌道面に対して約23度27分傾いているため生ずるもので、ここより北では1年のうち夏季太陽が沈まない日および冬季太陽が出ない日が、それぞれ少なくとも1日以上あり、北極点ではほぼ半年昼、半年夜が続く。したがってこれは天文学的な境界といえる。多く用いられるのは生態学的な境界である樹木の北限線で、最暖月平均気温10℃の地点を結ぶ線にほぼ等しい。ここから北は蘚苔(せんたい)類や地衣類、草本や矮小(わいしょう)な灌木(かんぼく)(低木)などの生育するツンドラと、氷雪の地帯である。北極は通常このような北極地域をさすが、北極点をいうこともある。北極地域は南極地域と対照的に、北極点を中心として広がるほぼ南極大陸と同じ面積の北極海がその大半を占めている。北極海はユーラシア大陸、北アメリカ大陸の2大陸および世界最大の島グリーンランド(1979年デンマークの自治領となり、現在公式にはカーラリット・ヌナートKalaallit Nunaatとよばれる)に囲まれた地中海である。北極地域約2700万平方キロメートルのうち、陸地面積は約1000万平方キロメートルである。[吉田栄夫]

地質

北極海を囲む陸地は時代的にきわめて古い岩石からなる大陸であり、楯状地(たてじょうち)や卓状地が広く、先カンブリア時代の片麻(へんま)岩や結晶片岩、花崗(かこう)岩などが分布し、また、これらの基盤岩の上に水平的な構造をもつ古生層をのせている所がある。グリーンランドは地質学的にはカナダ楯状地と連なる古い大陸で、西部のイスア地域では世界最古の岩石の一つが知られている。楯状地の縁辺部には古生代のカレドニア造山運動、バリスカン造山運動を受けた地域が識別され、アラスカのブルックス山脈、東シベリアのチェルスキー山脈などは中生代の造山運動を受けたとされる。海底のロモノソフ海嶺もそれとする考えもある。
 シベリアのレナ川、エニセイ川など、あるいはカナダのマッケンジー川などの北極海に注ぐ大河川は、多くの土砂を運び、新しい堆積層をつくる。レナ川やマッケンジー川は、河口に顕著な三角州を形成している。[吉田栄夫]

極と地磁気

北緯90度は地軸が地球表面と交わる所で、地理学的北極点であるが、ほかに地磁気に関係した極が地球物理学的に重要である。磁石の磁針が自由に動くものであれば、それが垂直に立つ所、すなわち、地磁気の伏角(ふっかく)が90度となる地点を北磁極(2001年で北緯79度22分、西経104度30分付近)という。また、地球の磁場を地球の中心に位置する磁気双極子で近似して求めた極を、地磁気北極または北磁軸極という(北緯78.8度、西経70.8度付近)。
 オーロラ(極光)は、上層大気に降り注ぐ高速の荷電粒子(これらを総称してオーロラ粒子とよぶことがある)が、窒素や酸素などの分子や原子に衝突してこれらを励起し、高度90キロメートルあたりを下端とし、120キロメートルを中心として270キロメートルほどの高さまで発光させる。オーロラをつくる荷電粒子は電子や陽子がほとんどで、とくに明るく光らせるのは電子である。荷電粒子は磁力線に沿って入射するので、極地以外で見られることはめったにない。地磁気極から緯度にして23度ほど離れた所(地磁気緯度67度)を中心とする同心円状の地帯は、オーロラが出現する頻度がもっとも高い地帯で、オーロラ帯(極光帯)とよぶことがある。北半球ではこれはグリーンランド南部、アイスランド、ノルウェー北縁、シベリア北縁部のノバヤ・ゼムリャ、アラスカのフェアバンクス、ラブラドル半島北部などを結ぶ地帯である。
 北極と南極で同じ磁力線で結ばれる二つの地点を共役点というが、オーロラ帯にある共役点が双方とも陸上にある地点は少ない。アイスランドのフッサフェルと南極昭和基地はこのような珍しい関係にあり、オーロラの同時観測である共役点観測がしばしば行われた。[吉田栄夫]

気候

北極の気候は、生態学的観点からW・ケッペンの気候分類にしたがえば、最暖月平均気温が0℃を上回らない氷雪気候と、最暖月平均気温が0℃以上10℃以下のツンドラ気候の二つに大別される。
 氷雪気候の地域は、グリーンランド氷床と、カナダの北極海の諸島やセーベルナヤ・ゼムリャなどの北極海の島々の、氷河に覆われた所である。広く恒久的に海氷に覆われた北極海の主要部も含められよう。ツンドラ気候の地域は、北極海を取り巻く陸地に広がり、ここでは地下に数百メートルに及ぶ厚い永久凍土層が分布する。夏には活動層とよばれる表層が融解して排水の悪い土地となり、蘚苔(せんたい)類や地衣類が繁茂し、また各所に草本や矮性(わいせい)低木が生育する、いわゆるツンドラ地帯をなしている。
 極地域の気候の特徴は、著しい低温と強風である。降水量は正確な測定が困難であるが、一般に少ない。北極の気温は南極に比べて大ざっぱにいって20℃ほど高い。年平均気温が零下30℃を下回る所は、グリーンランド内陸でさえほとんどない。なお、北半球の寒極とされるオイミャコン(北緯63度16分、東経43度15分、海抜800メートル)では、1938年零下77.8℃の記録があるとされ、67年にも零下71.0℃を記録しているが、北極地域として定義される範囲ではない。グリーンランド内陸でも零下60℃台である。北極縁辺海域のアイスランドおよびアリューシャン列島付近は低圧帯となることが多く、とくに冬季低気圧が発達し、グリーンランド南部などでは年降水量1000ミリメートルを超す。他方、北極海には特徴的な北極層雲が発達するが、沿岸地域を含めて年降水量250ミリメートル以下とされる。[吉田栄夫]
気候変化
いわゆる温暖化ガスの大気中濃度の増大に伴って、地球温暖化が憂慮されるようになった。ことに気温の上昇が他の地域より大きくなると予測され、氷雪域を抱えてその変動が地球規模の影響を与えるおそれのある高緯度地域が、注目を集めている。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)などによると、過去1世紀の間に地球規模でおよそ0.5℃の気温上昇がみられるという。北極地域の気候変動については、気温やさまざまな現象の変化が探られている。たとえば1966年から95年までの30年間の気温の変動をみると、北アメリカ大陸やユーラシア大陸では最大1.5℃の上昇があり、他方南グリーンランドやバフィン島などでは1℃程度の低下があったとされる。北極海域はデータが少なく不明である。また、20世紀後半の数十年間に、北極海の海氷面積が若干減少し、厚さも薄くなった所がある。陸域の降水量は増加し、一方積雪面積は減少しているという。氷河末端の後退傾向も認められる。なお、海氷面積の変動や氷河の質量収支変動が、エルニーニョ/南方振動指数変動と相関関係にあることも指摘されており、北極の氷雪環境が広域的な海洋環境と関係が深いことが知られるようになった。[吉田栄夫]

氷河作用と地形

現存する氷河は、グリーンランド氷床と、エルズミア島、アクセルハイバーグ島、セーベルナヤ・ゼムリャ、スバールバル諸島などの北極海の島々、ごく一部の大陸山岳地にみられる氷帽(ひょうぼう)や谷氷河、圏谷氷河である。
 グリーンランドは総面積およそ217万平方キロメートルのうち、その80%ほどが氷に覆われる。平均海抜高度2132メートル、最高所は3300メートルに達し、平均氷厚1515メートルとされる。氷床から流出する氷河のうち、バフィン湾に流入するヤコブスハウン氷流は、末端で年間8360メートルと測定されており、知られているなかでは世界でもっとも速い流速をもつ。グリーンランド氷床では、南極氷床とともにその氷が過去の地球環境を記録しているとして、氷床深層掘削が行われ、多くの知見が得られている。すなわち、最終氷期(最後の氷河時代)から最近までの気候変化、世界各地の火山活動、産業革命以後の人為的な大気の汚染などが探られている。グリーンランド以外の地域の氷河は、面積総計25万平方キロメートルである。最近は氷河末端の後退が目だつが、氷河によっては数十年の周期で急に流動速度が大きくなり、末端が顕著に前進するサージとよばれる現象もみられる。
 氷期にはヨーロッパ大陸と北アメリカ大陸は、それぞれスカンジナビア氷床、ローレンタイド氷床とよばれる氷床に広く覆われたことはよく知られている。北極地域の地形は現存氷河のほかこれらの第四紀の氷床や氷河による侵食や堆積、あるいは周氷河作用によって、その多くが形成された。たとえばグリーンランドの縁辺部には、氷期に拡大していた氷床やその中の氷流の侵食によって形成された、面的侵食平原や氷食谷、圏谷の地形が発達する。バフィン島などではモレーン(堆石)の発達が著しい所がある。
 一方、現在ツンドラ地帯となっている所は、氷期に氷床に覆われた地域と覆われなかった地域があるが、地下にはシベリアで最大1500メートル、カナダで500メートルに達するという厚い永久凍土層があって、ここには非淘汰多角形土(ひとうたたかくけいど)とよばれる特徴的な周氷河地形が発達する。なお、永久凍土層の厚さは南に向かって減じ、北極地域外のタイガとよばれる森林地帯まで、多くは不連続永久凍土層となって延びる。また、永久凍土層の存在と地下水の流動、凍結によって、地表が円形に盛り上がったピンゴとよばれる地形も形成される。永久凍土層は大陸棚の海底下にも広がっている。[吉田栄夫]

植生

針葉高木林の限界から北方では、一般にヤナギ、カンバなどの低木群落が広い面積を占め、針葉樹が点々と混生する地域が広がり、タイガと極地の移行帯をなしている。真の極地では、チョウノスケソウ類、キョクチヤナギなどの矮性(わいせい)低木のほか、イネ科、カヤツリグサ科、イグサ科などの草本に蘚苔(せんたい)類、地衣類を多く混じえた植生となる。北極圏は高山と違って、地形が平坦(へいたん)なうえに積雪が少ないため、雪崩(なだれ)斜面、崩壊地などの植物群落は発達せず、わずかな凹凸をもった構造土が広い面積を占める。植物群落は凸状部に生育する乾燥型のものと、凹地部に生育する湿潤型のものがモザイク状に入り乱れていることが多い。また、エルズミア島などのように、ごく高緯度の島ではほとんど無植生となる。
 北極圏の植物には北半球温帯の高山と共通する種類が多いが、固有の属(アークトフィラ属Arctophila)や固有の種類(コロポディウム・ラティフォリウムColpodium latifolium、デュポンティア・フィッシェリDupontia fischeri、フィプシア・アルギダPhippsia algida)などもあり、北極植物区系区とされる。北極圏の植物の大部分は新生代第四紀の寒冷な氷期には氷床の下となったが、積雪量の少ないアラスカの内陸部や、氷床に突出するヌナタク(岩峰や岩稜(がんりょう))の南斜面などでは生存を続けたと考えられている。[大場達之]

動物

海では太陽光を利用して植物プランクトンや海氷下部に珪藻(けいそう)が繁殖する。それにつれて、植食性の橈脚(とうきゃく)類やオキアミなどの動物プランクトンが増加する。動物プランクトンをタラなどの魚類やヒゲクジラが捕食する。さらに、シャチ、ホッキョクグマなどは、魚類、アザラシ、ヒゲクジラなどを食う。また、動物プランクトンはウミガラスやウミスズメなどの餌(えさ)でもあり、これらの海鳥は開水面のできる夏季に、南方海域から渡ってくる。
 陸上のツンドラ帯では、植物に依存して生活する昆虫類、ダニ類が夏季に活動し、昆虫類を捕食するクモ類も現れる。池沼からはカ類やブユ類が発生し、個体数は多い。これらの小動物を餌とする鳥類も、南方の地域から飛来する。カリブー(トナカイ)も、夏季には南方から移動してくる草食哺乳(ほにゅう)類である。草食哺乳類のうちでもジャコウウシは冬季になっても南方へは移動せずにやや高い山で生活し、レミングは生活の場を地下に切り替えてツンドラ帯にとどまる。ホッキョクギツネ、ホッキョクオオカミなどの肉食哺乳類、シロフクロウのような肉食性の鳥類は草食哺乳類を捕食する。これらの動物の分布や個体数は草食哺乳類の分布や個体数に左右されて変動する。[星合孝男]

北極海

北極海は、いくつかの海嶺とそれによって分かたれる深さ3000メートルを越える深海平原(最深部は5440メートル)からなる主要部と、その周辺を占めるグリーンランド海、ノルウェー海、バレンツ海、カラ海、ラプテフ海、東シベリア海、チュクチ海(チュコト海)、ボーフォート海などの付属海からなり、バフィン湾を含めることもある。総面積1400万平方キロメートルで、南極大陸の面積(棚氷を含めて)にほぼ等しい。北極海は大陸に囲まれた地中海といってよいきわめて閉鎖的な海で、深さ1000メートル足らずのデンマーク海峡を通じて大西洋につながるほかは、浅い大陸棚を通じてベーリング海やバフィン湾につながるのみである。
 厚い多年性の海氷に覆われた北極海の科学的知見を得ることは容易ではなかった。まず、1893~96年ノルウェーのF・ナンセンが探検船フラム号によって、漂流を含めて探検を行い、橇(そり)によって北緯86.4度まで達するなど、多くの科学的成果を得た。北極点近くには陸地はなく深い海洋であることもこのとき明らかにされた。1937~38年ソ連のパパーニンら4人は、氷上に漂流観測所「北極1号」を設けて、漂流しながら科学観測を行った。こうした海氷や卓状氷山(北極では氷島(ひょうとう)という)に基地を設けて行う漂流観測は、ソ連によるものは90年「北極31号」まで行われ、おもにシベリアから極点付近を経てグリーンランド海に到達している。アメリカも1950年代から氷島T3に観測基地を設けるなどして、観測を行っている。このような観測により、北極海の表層には主部の大きな時計回りの海流と、暖流の北大西洋海流の届くバレンツ海の反時計回りの海流などが知られてきた。
 また、漂流観測のほか冷戦時代の原子力潜水艦の往来で、かなり詳細な海底地形が明らかにされるようになった。アメリカの原子力潜水艦ノーチラス号が1958年8月3日北極点で浮上を果たしたことは有名である。また、海上からはソ連の原子力砕氷船アルクチカが77年8月17日北極点に到達した。海底地形をみると、北極海中央にはグリーンランド北部からノボシビルスク諸島方面へとロモノソフ海嶺が走り、その太平洋側にはアルファ海嶺、メンデレーエフ海嶺、チュクチ・キャップ(チュクチ海台)などの高まりが、フレッチャー深海平原、カナダ深海平原、メンデレーエフ深海平原などを分けている。
 ロモノソフ海嶺のヨーロッパ側には、もっとも深い北極深海平原を隔てて比較的低い北極中央海嶺が、グリーンランド北東縁近くからノボシビルスク諸島方面へと延びている。その地形は典型的な開きつつある中央海嶺の形態を示し、ナンセン断裂帯などのずれを介して、大西洋中央海嶺に続く活動的な海嶺とみられている。そしてこのシベリア側への延長は、日本に延びるユーラシアプレートと北アメリカプレートの境界に連なるとする説がある。また、東シベリアの一地点に位置すると考えられるプレート回転の中心軸から北極側はプレートの生まれる開くプレート境界、日本側は閉じる境界と考えられている。
 なお、北極海では大陸棚が広いことも特徴的で、ことにシベリア沖では幅700キロメートルあまりに達する所もある。[吉田栄夫]

住民

ここでおもに取り上げるのは、厳しい北極の自然のなかで古くから生活してきた人達、いわゆる先住民族である。北アメリカ大陸にはエスキモー(カナダでは自らをイヌイットとよび、公式にもこれが使われるようになった)が約4万人住む。アザラシやトナカイなどの狩猟生活を営んできたが、この伝統的な生活は、極地の開発に伴う雇用の機会の増大、貨幣経済の浸透、政府の政策などにより、大きく変わってきた。また、その南の北極地域には約2万6000人の北米先住民(アサバスカ語族)が住んでいる。グリーンランドにはエスキモーが居住するが、ここでは混血が進んでおり、グリーンランド人として示されることが多く約4万人が住む。
 ユーラシア大陸では、古くからの多様な民族の活動の影響を受け、古アジア(旧アジア)系、アルタイ系、ウラル系などの語族に大別されるいくつかの言語(語族)で分けられる、多くの民族が住む。主要なものをあげると、東シベリア東部には古アジア系の1万4000人のチュクチ、その西にはアルタイ系の約29万人のサハ(ヤクート)、西シベリアにはウラル系の約3万5000人のサモエードグループの人達が住む。ヨーロッパロシアには、ウラル系の約28万人のコミ人が、またフィンランド、スウェーデン、ノルウェーには、ウラル系の約3万5000人のサーミ人が生活している。ロシアのコラ半島にも2000人ほどのサーミ人が住むという。また、ベーリング海峡の西側に少数のエスキモーが住んでいる。
 非先住民は、おもに行政、運輸、鉱業などに従事する人達である。ことに北極の開発に力を入れてきたロシアは、ほかの国に比べてより多くの都市的集落を築いてきた。[吉田栄夫]

経済開発

生産活動は、アザラシやトナカイ、クジラの狩猟、漁労、トナカイの遊牧など自給的な活動や、毛皮猟などと、近代的な漁業および鉱産資源の開発である。漁業は北極の海域での古くからの産業である。ノルウェー海やアイスランド周辺でのタラ漁はヨーロッパにとって重要なものであった。現在タラ、ニシン、ヒラメなどがバレンツ海、ベーリング海を含めて漁獲されているが、北極の特徴的な魚とされ、日本で現在シシャモとして親しまれているペリンも多く漁獲されている。しかし、いずれの魚種も資源の減少が心配されている。
 古い楯状地の結晶質岩石からなる地域が広い北極地域の陸地は、金やプラチナ、鉛・亜鉛などの金属資源、燐灰石(りんかいせき)や氷晶石などの非金属資源等多くの鉱物資源を埋蔵する所である。石油や天然ガスなどエネルギー資源の賦存(ふそん)も知られている。しかし、厳しい自然条件や輸送上の問題などが、ほかの地域の鉱業との競争をむずかしくし、開発を妨げている。
 早くから開発されたのは、グリーンランド南西のイビグトゥートでの氷晶石の採掘であった。グリーンランドではイスアの鉄鉱石の採掘も計画されたが、稼行はされていない。ウランが将来の可能性ある資源といわれている。カナダは鉱産資源の探査に力を入れてきた。現在、鉛・亜鉛、金、銀、銅、ニッケル、ウランなどの産出があるが、埋蔵量に比すれば少ない。アラスカでは同様に埋蔵量は豊富であるが、鉱業はカナダよりかなり小規模である。スカンジナビアでは19世紀から稼行しているキルナの鉄鉱山が有名である。
 多くの鉱物資源の開発に力を入れてきたのはロシアである。ニッケル、銅、錫(すず)、コバルト、プラチナ、金、銀あるいはダイヤモンド、燐灰石などが採掘されている。コラ半島には多くの非金属鉱床が知られており、燐灰石鉱床は世界最大である。
 エネルギー資源をみると、第二次世界大戦後北極海沿岸の陸地と沖の大陸棚に石油・天然ガスの埋蔵が知られるようになった。陸上ではロシアのオビ下流盆地、アラスカのノーススロープ、カナダのマッケンジーデルタなどである。すでに生産が行われている所もあるが、自然条件や輸送条件などが厳しく、将来の開発をまつ所が多い。大陸棚での大規模な開発は、採掘に関するさらなる技術的発展を必要としよう。環境保護の問題も重要で、アラスカやシベリアの石油や天然ガスのパイプラインは、野生動物の移動を妨げないよう設計されている。また、レナ川河口やマッケンジー川河口などには大きな自然保護区が設けられており、環境保護と調和した開発が課題である。[吉田栄夫]

国際情勢

かつてアメリカ合衆国とソビエト連邦が直接軍事的に対峙(たいじ)する所として、陸上にはレーダー基地網やミサイル基地が設けられ、海域では原子力潜水艦が行き交った北極地域の戦略的地位は、冷戦終結とともに大きく変わった。旧ソ連時代にゴルバチョフがペレストロイカ(改革)、グラスノスチ(情報公開)の一環として、ソ連北極地域を開放するという宣言を行った。これを受けて1988年12月、レニングラード(現サンクト・ペテルブルグ)でソ連各地からの研究者や日本を含む多くの関心ある国々の研究者が集まり、北極地域の国際的な協同研究や、開発について討議を行った。これを契機として国際北極科学委員会(IASC(アイアスク))が結成され、ソ連からロシア連邦への転換も相まって、新たな北極の国際化の時代が始まった。
 なお、スバールバル諸島の領有権について、1920年ノルウェーの主権を認めるとともに、条約加盟国には平等な経済的権益を保証するとするスピッツベルゲン条約(スバールバル条約)がパリで日本を含む29か国により締結され、スバールバルの特別な国際的地位が定まった。現在この経済的権益を現実に行使しているのは、ノルウェーと石炭採掘を行っているロシアだけである。[吉田栄夫]

探検

北極地域ではグリーンランド、アイスランドおよびスバールバル諸島のスピッツベルゲン島などはすでに9~12世紀ごろに発見されている。15世紀ごろからヨーロッパ人による探検が頻繁に行われ、それらの有名な探検家の名前が、バレンツ、バフィン、ハドソン、フランクリンなどの地名に残されている。1878~79年にはスウェーデンのノルデンシェルドがベガ号によってユーラシア大陸の北を通って太平洋に出る北東航路を初めて開発した。1932年にはソ連の砕氷船シビリャコフ号がこの航行に成功した。また、北アメリカ大陸の北を経て太平洋へ出る北西航路の開拓についても多くの試みがなされたが、1903~06年にノルウェーのアムンゼンがヨーア号で完航するに至った。
 北極点到達への最初の試みは、1609年にハドソンによって行われ、1773年になってイギリス政府がフィリップスConstantine John Phillips(1744―92)を団長とした探検隊を派遣したが、スバールバル諸島のほんの北部までしか探検できなかった。1827年にはパーリーWilliam Edward Parry(1790―1855)が氷上を橇(そり)で進んだが、北緯82度45分まで到達したにすぎなかった。これらすべての探検はグリーンランドとスバールバル諸島の間のルートを用いたが、これは南風による流氷に妨げられ、好適ではなかった。そのためフランクリンはグリーンランドの西岸を北上するルートを開発し、ヘイズIsaac Israel Hayes(1832―81)がこのルートを用いて帆船「合衆国号」で北極点への近接を試みたが、彼はスミス海峡のエタに到達しただけであった。1871年にはホールCharles Francis Hall(1821―71)が改良船ポラリス号で北緯82度11分の地点に達した。1875~76年にネアスGeorge Strong Nares(1831―1915)を団長とするイギリス探検隊が、「アラート号」と「ディスカバリー号」の2隻の船団で北極へ向かい、後者の船長マーカムAlbert Hastings Markham(1841―1918)の率いる橇隊が氷盤の上を北上し、北緯83度20分まで達して、それまでの最北記録を更新した。1879年にはアメリカの探検隊が「ジャネット号」で遠征を試み、当時北極点方面から延びる広い陸地と考えられていたウランゲル島から北へ向かおうとして、ウランゲルが島であることを発見した。しかし、ジャネット号は流氷に閉じ込められて17か月にわたって漂流し、北極海東方のノバヤ・シビリ島付近で沈没、探検隊員はレナ川河口にたどり着いたが、2名を除きすべて飢えと寒さで命を落とした。
 ノルウェーの有名な探検家で海洋学者のF・ナンセンは、1893年6月にフラム号を駆って北極海へと船出した。あらかじめ2~3年にわたって氷で閉じ込められて漂流することも予想していた。95年3月ナンセンらは漂流していたフラム号から橇で極点に向かった。4月上旬彼らはそれまでの最北到達の記録を破る北緯86度14分の地点に達した。この探検は多くの科学的成果をもたらし、初めて北極点付近には陸地がなく、深い海であることを明らかにした。
 その後、アメリカ、ロシア、イタリアの探検隊は北極点への接近を試み、いずれも不成功であったが、イタリア隊は1900年に北緯86度34分に達し、新記録をつくった。
 アメリカ人ピアリーは、1891~92年、1893~95年の2回にわたって長期の探検を行ったが北極点には到達できなかった。また彼は1898~1902年、1905年、1908~09年と北極点到達を試み、ついに1909年4月6日に橇旅行によって北極点に最初に到達した。しかし、1908年4月21日にアメリカ人クックFrederick Albert Cook(1865―1940)が2人のイヌイットとともにすでに北極点に達していたと報告されていて、ピアリーとクックの両者のうちいずれが北極点の探検に早く成功したかについて論争がおきたが、ピアリーの主張が一般に認められている。
 空中から北極点を通過しようとの試みは、最初にスウェーデンの科学者アンドレーSalomon August Andre(1854―97)によって行われ、1897年7月スバールバル諸島からアンドレーら3人がゴンドラに乗った気球が北極海上空を飛行した。海氷上に降下後3人は2か月にわたって陸地を求めて歩き、ホワイト島(ゼムリャ・フランツァ・イオシファ諸島とスバールバル諸島の間のスバールバル寄りにある島。ノルウェー語表記ではクビトオイヤKvitya島)にたどり着いたが1か月後死亡した。25年にアムンゼンらが飛行艇によって北緯87度44分の地点の上空に達している。最初に北極点上空に到達したのはアメリカ人のバードで、1926年5月9日、スバールバル諸島から飛行機で通過した。その2日後にアムンゼンとノビレがスバールバル諸島から飛行船で北極点を通過し、アラスカに達している。
 1882~83年には第1回極年が設定され、欧米11か国が共同観測基地を設けた。第2回極年は1932~33年で、日本もサハリン(樺太(からふと))における観測を分担した。1957~58年の国際地球観測年では北極海の海氷や氷島上に米ソの四つの漂流観測所が設けられた。
 また、アメリカ、ソ連およびカナダは北極の各地に気象・雪氷・凍土などの観測所を設け、研究を行ってきた。1958年にはアメリカの原子力潜水艦ノーチラス号が北極点通過の際、北極点で浮上、海中から北極点を訪れた。さらに、77年にはソ連の原子力砕氷船アルクチカが初めて海上から北極点に到達した。また、北極海上空を通過するヨーロッパ―アメリカ―日本を結ぶ民間機航空路は、かつて頻繁に利用されたが、アラスカのリダウト火山の噴火の影響が一つの契機となり、さらにソ連の崩壊によって、シベリア上空がより開かれた航空路として提供されるようになり、利用されなくなった。[市川正巳・吉田栄夫]
『ウォリー・ハーバート著、木村忠雄訳『北極点を越えて』(1970・朝日新聞社) ▽E・エバンズ・プリチャード著、梅棹忠夫・蒲生正男訳『世界の民族16 北極圏』(1978・平凡社) ▽セルゲイ・アレクサンドロヴィチ・アルチューノフ著、本荘よし子訳『北極圏に生きる』(1989・国際文化出版社) ▽NHK取材班他著『NHK大型ドキュメンタリー 北極圏1~6』(1989~90・日本放送出版協会) ▽アレクサンドル・コンドラトフ著、斎藤晨二訳『北極大陸物語』(1991・地人書房) ▽石渡利康著『北極圏地域研究』(1995・高文堂出版社) ▽バーバラ・テイラー著、ジェフ・ブライトリング写真、幸島司郎訳『ビジュアル博物館57 北極と南極』(1995・同朋舎出版) ▽バーナード・ストーンハウス著、神沼克伊・三方洋子訳『北極・南極――極地の自然環境と人間の営み』(1996・朝倉書店) ▽田辺裕監修、広松悟訳『図説大百科 世界の地理3 カナダ・北極』(1998・朝倉書店) ▽岩坂泰信編『北極圏の大気科学――エアロゾルの挙動と地球環境』(2000・名古屋大学出版会) ▽谷田博幸著『極北の迷宮――北極探検とヴィクトリア朝文化』(2000・名古屋大学出版会) ▽ジャクリーン・ブリッグズ・マーティン著、ベス・クロムス絵、千葉茂樹訳『氷の海とアザラシのランプ――カールーク号北極探検記』(2002・BL出版) ▽ワシーリー・ミハイロヴィチ・パセツキー著、加藤九祚訳『極地に消えた人々 北極探検記』新装復刊(2002・白水社) ▽神沼克伊監修・著、麻生武彦・和田誠・渡邊研太郎・東久美子著『北極と南極の100不思議』(2003・東京書籍) ▽国立極地研究所編『南極・北極の百科事典』(2004・丸善) ▽佐藤秀明著『北極――イヌイット』(角川文庫) ▽フリチョフ・ナンセン著、加納一郎訳『極北 フラム号北極漂流記』(中公文庫)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
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