日本大百科全書(ニッポニカ) 「ボツリヌス菌食中毒」の意味・わかりやすい解説
ボツリヌス菌食中毒
ぼつりぬすきんしょくちゅうどく
botulism
ボツリヌス菌に汚染された食品中で菌が増殖し、同時に産生された毒素を経口摂取することによっておこる食中毒をいう。発生はまれであるが、致命率の高い細菌性食中毒である。生体内で増殖することはほとんどなく、汚染されたソーセージや缶詰、または塩漬け食品中で増殖する。産生される毒素の抗原性によってAからGまでの7型に分けられ、このうちヒトに中毒をおこすのはA、B、E、Fの4型のみである。日本では大部分がE型中毒であるが、A型やB型もみられる。北海道や東北地方の海岸の砂中にE型が広く分布しており、これに汚染された魚貝類を原料とする「いずし」によってしばしば発生する。1951年(昭和26)北海道で初めてE型中毒がみられ、2008年(平成20)までに約110件発生しているが、おもにE型で、1969年にはB型、1976年にはA型による死亡例がある。1984年には、熊本市の「辛子蓮根(からしれんこん)真空パック」が原因となったA型による集団発生(三十数例)が話題になった。このときには11人の死亡者が出たが、A型菌の毒素は既知の毒物中もっとも強い毒性(青酸カリの三十数万倍)をもっている。また1998年には東京都の「瓶詰グリーンオリーブの塩漬け(輸入食品)」が原因となったB型による集団発生(18例)がおきた。
[柳下徳雄]
症状
潜伏期は2~40時間(平均12時間)で、まず汚染食品を食べた後の非特異的症状として悪心(おしん)、嘔吐(おうと)、下痢などの胃腸症状がみられ、続いて頭痛やめまいを伴った全身の違和感があり、急激に特有の麻痺(まひ)症状が現れる。すなわち、眼症状として弱視、調節麻痺、複視、斜視、眼瞼(がんけん)下垂、瞳孔(どうこう)散大、対光反射遅延などがみられるほか、発語障害、嚥下(えんげ)障害、耳鳴り、難聴、呼吸困難などの球麻痺症状が現れ、分泌障害として唾液(だえき)や汗の分泌が著明に減少し、口腔(こうくう)粘膜の乾燥や汚灰白色の舌苔(ぜったい)などがみられる。発熱がみられないことも特徴で、体温正常・意識明瞭(めいりょう)のまま、重症の場合は呼吸不全で死亡する。致命率は数%から30%である。
[柳下徳雄]
治療
まず過敏症のないことを確かめてから、速やかに抗毒素血清療法を行う。対症療法としては、部屋を暗くして刺激を避け、鎮静剤、抗菌剤、解毒剤、強心剤、呼吸促進剤などを用いるほか、胃洗浄などを行うこともある。呼吸困難に対しては必要に応じて気管切開を行う。
[柳下徳雄]
乳児ボツリヌス症
乳児ボツリヌス症は、1976年にアメリカで発見された病型で、生後3週間から8か月までの乳児がかかる。経口摂取されたA、B型菌芽胞(胞子)が腸管内で発芽増殖して産生された毒素によっておこる。蜂蜜(はちみつ)が芽胞のおもな媒介食品で、頑固な便秘、吸入力の低下、弱い泣き声、運動麻痺症状が現れる。致命率は3%以下である。日本でも1986年(昭和61)以来、数例みつかっている。
[柳下徳雄]
『梶龍児・目崎高広著『ジストニアとボツリヌス治療』(1996・診断と治療社)』