理論物理学者。ドイツのブレスラウに生まれる。フランクフルト大学教授を経て、1921年ゲッティンゲン大学教授となった。1933年ナチスに追放されてイギリスに渡り、1939年に帰化した。1936年から1953年までエジンバラ大学教授、のち引退して旧西ドイツに住んだ。
フランクフルト時代には、相対性理論の展開のほか、とくに結晶格子の力学を体系的に研究した。ゲッティンゲンに移ってからは、結晶格子の研究のほか、前期量子論から量子力学に移行するための多くの研究を行った。ハイゼンベルクが量子論における物理量の扱い方について一つのアイデアを出すと、ボルンは、それが数学における行列であることを見抜き、ハイゼンベルクおよびヨルダンとともに行列力学を建設した。これは、同じころシュレーディンガーが始めた波動力学と同等であることが証明され、どちらも量子力学の別の表現の仕方であることがわかった。
量子力学の建設に大きな寄与をしたが、とくに有名なのは波動関数の正しい解釈を提唱したことである。これは波動関数の確率解釈とよばれ、波動関数の絶対値の2乗が、物理量の該当する値が観測される確率を与える、とするものである。すなわち、波動関数自体は、普通の空間のなかの水面の波動や音波・電磁波のような物理的に実在する波動を直接的に表すものではなく、対象系についてのすべての知識を含んだ確率振幅とよぶべき性質のものである。このボルンの解釈により、量子力学を現象に適用するときの仕方が明確になり、古典物理学における統計現象とは違う量子力学の統計的性格が明らかになった。
イギリスに移ってからは、インフェルトと共同で非線型電気力学を提唱した。この理論では、電磁場の源である粒子は場の特異点と解釈される。また、素粒子の基本的性質を規定するものとして相反性原理を提唱した。また、光学、流体力学など多方面にわたって重要な研究をし、高度な内容の教科書を多く著した。「量子力学の基礎研究、とくに波動関数の統計的解釈」により、1954年ノーベル物理学賞を受けた。
[町田 茂]
ドイツの理論物理学者。解剖学教授を父としてプロシアのブレスラウに生まれる。ブレスラウ,ハイデルベルク,チューリヒで学んだ後,数学のメッカ,ゲッティンゲンでD.ヒルベルト,H.ミンコフスキーの2人の大数学者から当時の最先端の数学を学ぶ。物理学者としてはA.アインシュタインを模範像とし,1914年以来終生もっとも親密な友人となる。彼との往復書簡集は出版され邦訳もある。1907年アインシュタインの着想に基づく固体の比熱の理論をT.vonカルマンとともに発展させ,これがボルンの後年のおもな研究テーマを,格子力学と量子論に決めることになる。15年と23年に出版された著書によって,格子力学の領域に統一的で明快なまとめを与え,固体物理学に対する一つの重要な基礎を築いた。
1914年以後ベルリン,ブレスラウ,フランクフルト・アム・マイン各大学の教授を歴任後,21年ゲッティンゲン大学の教授となり,コペンハーゲン,ミュンヘンと並ぶ量子論研究の世界の三大中心の一つと成す。25年,当時彼の助手であったW.ハイゼンベルクが量子力学建設への最初の決定的な論文を発表するや,ボルンはW.ハイゼンベルク,P.ヨルダンとともにそれを数学的に完結した行列力学の形の量子力学として完成させた。さらに26年E.シュレーディンガーの波動関数の統計的解釈を衝突過程の例で示し,これが翌年のN.ボーア,W.ハイゼンベルクらの量子力学のコペンハーゲン解釈への道を開いた。その功績により後年(1954)ノーベル物理学賞を受賞。ゲッティンゲン時代のボルンをめぐる俊秀たちの中で,後に一家を成した物理学者は数多い。その中にはM.デルブリュック,M.G.マイヤー,W.ハイゼンベルク,P.ヨルダン,J.フォン・ノイマン,J.R.オッペンハイマー,W.パウリ,E.テラー,V.F.ワイスコップ,E.P.ウィグナーらがいる。
33年ナチスのユダヤ人排撃によってゲッティンゲンを追われてイギリスに移住し,ケンブリッジ大学を経て36年からエジンバラ大学の教授を務めた。39年の相反性原理の思想は,湯川秀樹の非局所場の理論に取り入れられた。53年70歳で同大学を停年退職,晩年はゲッティンゲン近郊のバド・ピルモントに帰って,ラッセル=アインシュタイン宣言や,西ドイツの核武装に反対するゲッティンゲン声明にも加わるなど,原子時代の人類存在の危機について訴えつづけた。相対性理論,原子力学,量子力学,光学,結晶格子の動力学などの専門ならびに科学哲学の分野にわたる著書20冊があるが,300編の専門論文は彼の最高度の創造力を示している。
執筆者:山崎 和夫
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