マイモン(英語表記)Salomon Maimon

改訂新版 世界大百科事典 「マイモン」の意味・わかりやすい解説

マイモン
Salomon Maimon
生没年:1753-1800

ユダヤ系の哲学者。リトアニア生れ。マイモニデスに親しみタルムード研究から批判的分析の方法を学ぶ。ポズナンを経てベルリンへ至り,一時M.メンデルスゾーンに私淑,ライプニッツスピノザ,ロック,D.ヒューム,とりわけカント批判哲学を研究し,《先験哲学に関する試論》(1790)は,カント自身によって最も洞察的なカント批判とみなされた。マイモンは,カントのいう〈物自体〉を不可知であるばかりか思惟不可能な,いわば意識の限界概念であるとし,カントの現象界と物自体界の二元論を批判した。感性と悟性の統合を意識に求め,さらに感性を不完全な意識であると論じ,数学的認識にのみ必然性を認める懐疑論的立場に立って合理主義的観念論の徹底化を図った。マイモンの哲学は当時のドイツ観念論,特にフィヒテに影響を及ぼし,19世紀後半の新カント学派にも通底するものがある。長期にわたる放浪の後,シュレジエン地方で晩年を過ごしたが,生前人口に膾炙かいしや)した彼の自伝(1793)は,当時の東欧のユダヤ教やハシディズムを知る上で欠かせない文献。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「マイモン」の意味・わかりやすい解説

マイモン
まいもん
Salomon Maimon
(1753/1754―1800)

ポーランド領リトアニア(現、ベラルーシ共和国出身ユダヤ人ドイツの哲学者。故郷の伝統的ユダヤ人社会を出て、マイモニデスを学び、ドイツ語を自習し貧困のうちに思索した。スピノザ、ロックらを学んだのちカントの批判哲学を研究したが、物自体説の批判などにみられる彼の思想は、カント自身によっても非常に高く評価され、ドイツ観念論にも深い影響を及ぼした。その自伝は当時の東欧のユダヤ人やユダヤ教社会、また一思索者の時代・環境との闘いを生き生きと描いている。

[常葉謙二 2015年4月17日]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「マイモン」の意味・わかりやすい解説

マイモン
Maimon, Salomon

[生]1754頃.ニェシュビチ
[没]1800.11.22. ニーダージーゲルスドルフ
ドイツのユダヤ人哲学者。 M.メンデルスゾーンに学び,ヒュームの影響を受けた。批判的観念論の立場からカント哲学の創造的批判を試み,カントをはじめ,フィヒテ,シェリング,ヘーゲルらに傾聴された。主著『先験哲学試論』 Versuch über die Transzendentalphilosophie (1790) ,『自伝』 Autobiographie (モーリッツ編,2巻,92) 。

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百科事典マイペディア 「マイモン」の意味・わかりやすい解説

マイモン

リトアニア出身のユダヤ系哲学者。マイモンデス,M.メンデルスゾーンに学ぶ。カント哲学,特に〈物自体〉の概念に対する独創的批判を行い,合理主義的観念論を徹底して,フィヒテさらに新カント学派の先駆となった。著書《先験哲学に関する試論》(1790年)など。

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