ミランダ(英語表記)Miranda

翻訳|Miranda

デジタル大辞泉 「ミランダ」の意味・読み・例文・類語

ミランダ(Miranda)

シェークスピアの戯曲「テンペスト」の登場人物。主人公プロスペローの娘。
天王星の第5衛星。1948年に発見。名はに由来。表面には明暗や起伏のまったく異なる地域がつぎはぎのように見えるが、それは天王星による潮汐力や他の天体の衝突などが原因とされる。直径は約470キロ(地球の約0.04倍)。平均表面温度はセ氏マイナス187度以下。

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改訂新版 世界大百科事典 「ミランダ」の意味・わかりやすい解説

ミランダ
Francisco de Miranda
生没年:1750-1816

ラテンアメリカ独立運動の先駆者の一人。ベネズエラカラカス出身。スペインに留学し,のちスペイン軍に入隊して少佐昇進。アメリカ合衆国を旅行したり,フランス革命に参加して祖国独立への意志を固め,東奔西走ののちイギリスの援助を得て,1806年祖国の解放を企てたが,国内の支援を得られず失敗した。しかし,ナポレオンのスペイン侵入をきっかけに革命運動が起こり,11年カラカス市民は独立を宣言した。帰国したミランダは革命軍司令官に任命された。しかし,翌年3月大地震がカラカスを襲い,これを契機に植民地政府軍の残党は反撃に転じた。同年6月,革命軍はラ・グアイラの戦で敗北し,彼は降伏文書に署名した。国外への脱出を革命軍の同志に阻止されて植民地政府に逮捕され,4年後スペインのカディスで獄死した。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ミランダ」の意味・わかりやすい解説

ミランダ(Francisco de Miranda、ベネズエラの軍人)
みらんだ
Francisco de Miranda
(1750―1816)

ベネズエラの軍人、独立戦争の先駆者。カラカスの富裕なクリオーリョ(植民地生まれの白人)の家庭に生まれる。大学で哲学を修めたのち、1771年スペインに渡り入隊した。アメリカ独立戦争に参加し、81年ペンサコーラ奪回の戦いで功をたて陸軍中佐となった。その後ハバナカルタヘナで密貿易、危険思想などの罪名を着せられ、植民地を追放された。欧米諸国で南米解放運動の資金調達に明け暮れたが満足せず、ふたたびアメリカに渡りジェファソン大統領の協力を得て、1806年200人の兵士をオクマレに上陸させた。しかし国内の反植民地運動が熟さず、国外からの進攻作戦はすべて失敗に帰した。イギリスに逃れた彼はボリーバル将軍に出会い、11年に独立運動の激化したベネズエラに戻り頭領として戦争を指揮した。しかしスペイン軍を封じることができず、秘密の降伏文書に調印したため裏切り者の烙印(らくいん)を押され、スペイン軍に引き渡された。身柄はカディスに移され、数年後に獄死した。

[寿里順平]


ミランダ(Francisco Sá de Miranda、ポルトガルの詩人)
みらんだ
Francisco Sá de Miranda
(1481?―1558)

ポルトガル詩人。スペイン、イタリアに遊学し、ルネサンスの先覚者としてポルトガル詩壇に大きな影響を及ぼした。ソネット(14行詩)、三行詩、八行詩などイタリアの新しい詩型を故国に紹介し、『詩集』(1595)のほかに散文による二編の古典喜劇『異邦人』(1559)、『ビリャルパンド家の人々』(1560)を書いた。

[濱口乃二雄]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ミランダ」の意味・わかりやすい解説

ミランダ
Miranda, Francisco de

[生]1750.3.28. カラカス
[没]1816.7.14. カディス
ベネズエラの革命家。 1773~82年スペイン軍,92~93年フランス革命軍に参加。 98年イギリスにも渡ってスペイン植民地解放の援助を求めたが成功せず,再びアメリカにおもむき,1806年解放軍をベネズエラに上陸させようとしたが失敗しトリニダードに亡命した。 10年ベネズエラのスペインからの独立運動が勃発,11年7月ロンドンから呼ばれてベネズエラの統領となりスペイン王統派と戦ったが敗れ,12年7月降伏文書に調印を余儀なくされた。 S.ボリバルらの革命派から裏切者として糾弾を受け,スペイン軍に逮捕されてスペインで獄死した。

ミランダ
Miranda

天王星衛星。 1948年 G.カイパーの発見。光度約 17等。半径は約 240kmと推定される。公転周期 33時間 56分。

ミランダ

「クレデンダ」のページをご覧ください。

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世界大百科事典(旧版)内のミランダの言及

【天王星】より

…1966年と2008年は赤道が太陽を向き,1985年は北極が,2030年は南極が太陽に向く。 天王星は,ミランダ,アリエル,ウンブリエル,チタニア,オベロンという衛星をもっているが,みな数百kmの半径をもつ比較的小さい衛星である。このほか,ボエジャー2号が発見した半径数十kmの衛星が10個ある。…

【権威主義】より

…ナチスやイタリアのファシズムの台頭は,欧米の研究者の強い関心を引き起こした。C.E.メリアムは権威主義をつくりだした状況をクレデンダcredendaとミランダmirandaで説明した(《政治学原理Political Power》1934)。ミランダとは,芸術,儀式,歴史の美化,大衆動員などによる威力誇示によって大衆の情動に訴え,権力が神聖,壮大なもの,調和をもたらす美的なものとして正統化される状況である。…

【ボリーバル】より

…ボリーバルはロンドンに使者として赴き,イギリス王室に独立の承認と援助を求めたが成功しなかった。しかし当時ベネズエラ解放に失敗してロンドンに亡命していたフランシスコ・デ・ミランダを説得して帰国させ独立運動を指導させた。11年7月ベネズエラは独立を宣言し,ボリーバルは独立軍の将校となった。…

※「ミランダ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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