翻訳|moral hazard
公的資金の注入や預金保険などのセーフティーネット(安全網)があることから、金融機関の経営者や株主、預金者らがリスクを軽視し、自己規律を喪失すること。通常「倫理観の欠如」「倫理欠如」などと訳される。
日本ではバブル経済崩壊後、ペイオフの全面凍結で預金が全額保護され、政府の公的資金注入で大手銀行は破綻(はたん)しないとされた時期に、モラル・ハザードが広がり、無謀な資産運用や信用供与の広がった時期があった。2008年の世界金融危機時にも、アメリカの大手証券会社ベアー・スターンズの公的救済が政府支援への過剰な期待というモラル・ハザードを生み、リーマン・ブラザーズ破綻以降の市場の混乱(リーマン・ショック)を拡大した面がある。
厳密には、モラル・ハザードは、経済学のプリンシパル(依頼人)-エージェント(代理人)理論principal-agent theoryで、「情報の非対称性」asymmetric informationからおこると説明されている。つまりプリンシパル(本人、株主、労働者、患者など)の利益の実現をエージェント(経営者、使用者、医療サービス提供者など)にゆだねる際、プリンシパルが知り得ない情報がある場合、エージェントの行動が、プリンシパル本位のものでなくなり、資源配分が非効率になる現象をさす。また保険分野では、契約によって損害を避けられるため、かえって被保険者のリスク回避行動を鈍らせる現象をさす。たとえば、自己負担額が少ないため体調の軽い変化でも病院にかかる行動や、自動車保険に加入したため運転時の注意を怠りがちになるなどのケースがモラル・ハザードに該当する。ただ日本では、1998年の金融危機時にモラル・ハザードが盛んに使われたことから、金融分野の「倫理欠如」の意味で使われることが多い。
国立国語研究所は2003年(平成15)、なじみの薄い外来語の一つにモラル・ハザードをとりあげ、言い換え語として「倫理崩壊」を提案している。
[編集部]
(依田高典 京都大学大学院経済学研究科教授 / 2007年)
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