改訂新版 世界大百科事典 「ラオ族」の意味・わかりやすい解説
ラオ族 (ラオぞく)
Lao
タイの北部,東北部からラオスにかけて分布するタイ系の民族。タイ北部のピン川流域のラオ族はユアン語(北ラオ語)を話し,モン文字の系統をひくユアン文字を使っていたためユアン族Yuanとも呼ばれる。一方,ラオス,東北タイのメコン川流域に居住するラオ族は東ラオ語を話し,クメール文字の系統をひく東ラオ文字を使っている。これが狭義のラオ族である。前者が腹に入墨を施す風習をもっていたことから,かつてはこれをラオ・プン・ダム(腹の黒いラオ族),後者をラオ・プン・カーウ(腹の白いラオ族)と呼んで区別していた。12~13世紀以後タイ系諸族は雲南からインドシナ半島への南下運動を開始するが,ユアン系ラオ族は,13世紀末にチエンマイを中心とするラーンナータイ王国をつくった。一方,メコン川に沿って東進した東ラオ族は,ルアンプラバン,ビエンチャンなどに土侯国をつくった。これらの土侯国群は14世紀中ごろにファーグムの手によってランサン王国として統一された。ラーンナータイ地域は19世紀末までにはシャム王国(現在のタイ王国)に併合され,文化的にもタイの一部になったが,東ラオ族のランサン王国はその後,内部抗争とタイ,ベトナムなど外部勢力の干渉をうけてビエンチャン王国などに分裂し,1899年にはフランス領インドシナ連邦の中に組み込まれた。こうした王国としての歴史を通じて,ラオ族は王族,貴族と平民,奴隷を秩序づける階層制を発達させたが,複雑な尊敬語の体系にそのなごりがみられる。
ラオ族は河川流域の渓谷に定着して水田と乾田の稲作農耕を営み,もち米をつくり主食にしているほか,果樹,野菜の栽培も行っている。漁労も発達し,魚と塩で魚醬(ぎよしよう)(ナム・プラー)や魚の塩辛(パラー)をつくる。木と竹でできた杭上家屋に住んでいる。親族は双系的に組織され,核家族をこえた集団はない。婚姻後の居住規制は,妻方に居住したのち,新しい住居をつくって独立する方式になっている。上座部仏教(小乗仏教)が古くから浸透し,寺院(ワット)が村落生活の中心に座っている。男子は成人前に見習僧になることが規範になっており,一種の成人式の機能をもっている。成人後1~2年の期間僧侶になる慣行も広くみられる。近代的学校が普及するまでは,寺で行われる宗教教育が唯一の教育制度であった。しかし仏教と並行してアニミズム的信仰も根強く残っている。個人に宿る32の霊魂クワンの強化と呪縛のためにさまざまな儀礼が行われている。一方,広義の精霊的存在を示すピーという観念もあり,祖先霊,土地の守護霊のピーを祭る儀礼が発達している。かつては土侯国の守護神ピー・ムアンに対して領主みずからが水牛の供犠儀礼を行った。病気や災厄の原因もある種のピーのしわざとされ,呪医による治療儀礼が行われる。さらに,《ラーマーヤナ》などの戯曲,文学や,ヒンドゥーの神々への信仰,占星術などの中にインド起源のヒンドゥー的文化要素の浸透をみることができる。
執筆者:小野沢 正喜
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報