ラオス北部にある旧王都。現在は上ラオス地方の中心都市で,同名省の省都。人口2万5500(1995)。首都ビエンチャンの北北西約220km,メコン川の河谷に開けた盆地に位置し,市街はメコン川とその支流ナムカン川の合流点に面する。河川交通の要衝で,ビエンチャンへは国道あるいはメコン川によって通じる。寒暖の差が大きく,霧の発生することが多い。市内随所に仏教寺院が建ち,漆や金銀細工による祭具,小物道具の製作で知られる。1353年にランサン(〈百万頭の象〉の意)王国の都となったが,その後この地をめぐってビルマ,タイ,ベトナムの侵略と干渉が続き,18世紀後半からはタイの宗主権下に置かれ,19世紀後半にはフランスの保護領となった。1947年にラオス王国が成立すると,ルアンプラバン王家がラオス王国の国王につき,その後の内戦で王家の人たちは左派,右派,中立派に分かれたが,各派間の交渉などで重要な役割を果たした。75年ラオス人民民主共和国が誕生し,ルアンプラバン王家の政治的重要性は失われた。
執筆者:石沢 良昭
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ラオス北部、ルアンプラバン州の州都。メコン川とその支流ナム・カン川の合流点に位置する。人口2万6400(2003推計)。14世紀以来ランサン(「100万頭の象」の意)王国の首都であったが、18世紀後半からはタイの宗主権のもとに置かれ、19世紀後半にはフランスの保護領となった。1949年にラオス王国が成立すると、75年のラオス人民民主主義共和国が成立するまで首都の位置を占めた。かつての王城(現博物館)や、14世紀につくられたワット・ケオをはじめとする数多くの寺院が残っている。古くからタイ、ビルマ(現ミャンマー)などと交易が盛んで、現在は木材や絹織物の集散地となっている。なお、近郊にアンコール・ワットを発見したアンリ・ムーオの墓がある。この町は1995年に世界遺産の文化遺産として登録されている(世界文化遺産)。
[菊池一雅]
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