魚貝類の肉、内臓、卵などに食塩を加えて保存性をもたせるとともに、原料中に含まれる酵素または他から添加した酵素の作用により熟成させた食品。材料はイカ、ウニ、アユとその内臓、カツオやアワビの内臓、ナマコの腸、サケの腎臓(じんぞう)、サバの卵巣、ホヤ、アミ、シオマネキなど。原始時代からあった塩蔵法が発達して料理の一種となったものと考えられ、奈良時代には鳥獣魚貝の肉を塩漬け発酵させた醢(ししびしお)(肉醤)が朝廷でも用いられていた。後世の塩辛にあたるものである。『万葉集』には「蟹(かに)のために痛(おも)ひを述べて作れる歌」として、カニの醢をつくるようすを歌ったものがある。平安時代には、「鹿醢」「兎醢」「魚醢」などがあり、種々の塩辛の類が調(ちょう)や交易雑物として諸国から都へ運ばれていた。アユの塩辛(うるか)、ナマコの腸の塩辛(このわた)はすでにこの時代からつくられていた。
魚貝類とくにその内臓にはトリプシンとよぶタンパク質分解酵素やアミラーゼ、リパーゼなどの酵素が含まれている。これらの酵素は原料中のタンパク質、炭水化物、脂質に働き、これを簡単な構造のものへと変える。その結果、ペプトン、ペプチド、有機塩基、ブドウ糖、乳酸などが増え、さらに次の段階ではアミノ酸を生じうま味を増す。このように貯蔵中に原料とは異なったうま味を生ずることを熟成という。イカ、カツオなどの塩辛は米麹(こめこうじ)を加えるとうま味を増すが、これは麹の出す酵素が塩辛の熟成を助けるとともに、米デンプンに麹の産生したアミラーゼが働き、麦芽糖やブドウ糖を生じ甘味を増すためである。なお、塩辛の熟成には、繁殖した細菌や酵母などの微生物が出す酵素も関与するといわれる。この際、食塩濃度により繁殖する微生物の種類や数が異なるが、食塩量が10%程度のときは、当然20%添加に比べ微生物の種類や数は多くなる。そのため早く熟成する。一方、20%もの食塩を加えると微生物は繁殖しにくくなり、熟成への寄与も減る。最近、消費者は高血圧への恐れから食塩のとりすぎを嫌うため、塩辛に加える食塩も減り、食塩だけでは腐敗を抑えられず、冷蔵庫に貯蔵する必要がある。
栄養面では、動物性タンパク質がいくぶん消化された形のため消化されやすく、栄養価は高いが、食塩を10%も含むので食塩のとりすぎになるのが欠点である。
生産はイカの塩辛(白作り、赤作り、黒作りなど)がもっとも多く3000トン程度、ウニ塩辛が1500トンでこれに次ぐ。その他のものは全部あわせても2000トンぐらいで、地方の名産品になっているものが多い。酒の肴(さかな)や飯の菜とされるが、生産は停滞している。
[金田尚志]
魚貝類の肉,内臓,卵などを塩づけとし,原料そのものに含まれる酵素の作用によって発酵,熟成させた食品。獣肉でつくることもあり,古く中国ではそれらを総称して醢(かい)といい,また肉醬(にくしよう),魚醬とも呼んだ。《和名抄》は醢を〈ししびしお〉と読み,《延喜式》には〈兎醢〉〈魚醢〉〈鹿醢〉〈宍醢〉(宍は肉の意)などの語が見られるほか,醢の字は略されているが〈背腸(せわた)/(みなわた)〉〈海鼠腸〉などの塩辛の名がある。背腸は俗に血腸(ちわた)とも呼ばれるサケの腎臓の塩辛で〈めふん〉のこと,海鼠腸はナマコの内臓の塩辛である〈このわた〉である。現在塩辛といえば,イカのそれが一般的で,カツオの塩辛がそれにつづく。イカはふつう細切りの肉と内臓に塩を加えてつくるが,墨を加える場合もあり,これは黒作りと呼ぶ。カツオは肉と内臓でつくるものと内臓だけのものとがあり,かつては前者を〈カツオのたたき〉,後者は酒盗(しゆとう)と呼ばれた。〈たたき〉というのは,肉も内臓もいっしょに包丁でたたいて塩辛にしたためである。イカ,カツオおよび前記のこのわた,めふん以外では,アユのうるか,ウニの卵巣でつくる雲丹(うに)が重要で,これらも文献にはなくとも他の塩辛どうよう古くからつくられていたはずである。塩辛という語は《今昔物語集》に見られるが,中世以後にもあまり使われず,〈なしもの〉〈なつしもの〉と呼ばれることが多かった。幕末近くになって塩辛という呼び方が定着したらしく,《守貞漫稿》には〈塩辛売〉という一条がある。それによると,江戸ではカツオ,アミ,エビ,イカなどの塩辛やかす漬のイカやアワビを売り歩く行商人があり,その塩辛の類は小田原の名産だとしている。また,京坂では行商人はなく,塩魚店で備前名産のアミの塩辛だけを売っているとも記載している。
執筆者:鈴木 晋一
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…魚介の肉とともに内臓を刻み入れ,塩のほかにこうじを加えて漬けることも多い。《和名抄》は陶弘景の《神農本草経》注を引いて,肉醬,魚醬などはすべて醢(かい)と呼ぶとしており,《本朝食鑑》(1697)は,魚醬は魚醢と同じで,日本では塩辛と通称すると書いている。しかし,《今昔物語集》巻二十八の第五話のように,〈鰺ノ塩辛,鯛ノ醬〉などと併記する例もあり,あるいは固型分の多少によって,醬と塩辛を区別していたのかもしれない。…
…奈良時代にはカツオの煮汁が調味料として登場し,ところてんの製造もはじまった。鎌倉・室町時代になるとクラゲ,ホヤ,ウナギ,サメ,イルカ,コンブなどが新たに利用されるようになり,加工品では塩干しアユ,塩引きサケ,アジずし,塩蔵サバ,このわた(ナマコの腸の塩辛),サメやイルカの肉の塩干し品が作られた。江戸時代にはマツモ,アラメ,ワカメ,コンブの乾燥品が多く出回り,寒天を作る技術も確立した。…
…ただし,全然別物のカツオのたたきというものがあった。《本朝食鑑》(1697),《和漢三才図会》(1712)その他に見られるもので,《和漢三才図会》によれば,それはカツオの肉の切れ端や小骨をたたいてつけこむ塩辛であった。そして,室町期にはこうした塩辛の〈たたき〉が行われていたようで,《新撰類従往来》には〈鮓(すし),扣(たたき),醢(なつしもの)〉と,魚の発酵食品の中に〈たたき〉の名を見ることができる。…
… 魚醬(ぎよしよう),肉醬,蝦醬材料にこうじを加えて発酵させたもの。日本の塩辛に近い。孔子の時代からある古い調味料で,日本ではウオビシオ,ニクビシオなどと訳している。…
※「塩辛」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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