日本大百科全書(ニッポニカ) 「リンドグレーン」の意味・わかりやすい解説
リンドグレーン
りんどぐれーん
Astrid Lindgren
(1907―2002)
スウェーデンの女性児童文学作家。南部スモーランド地方のビンメルビューで生まれる。ストックホルムで会社勤めの後、『ブッリット・マリーがほっとする』Britt-Mari lättar sitt hjärta(1944)で児童文学界にデビューし、翌年、児童文学懸賞に応募し第1位をかちとった、子供の視点に立脚して怪力無双の型破りな少女を描いた『長くつ下のピッピ』Pippi Långstrump(1945)で一躍有名になった。しかし、この出世作は上・中流社会志向の従来の児童文学観を覆すものであったために大論争を生んだ。その後「ピッピ」の続編2編(1946、48)をはじめ、その他ジャンルの異なる児童小説を多数著したが、彼女を国際的に高名たらしめたのはこの「ピッピ」であった。
「ピッピ」には架空の御伽噺(おとぎばなし)的要素と現実的・日常生活的物語要素が共存する。後者は『やかまし村の子どもたち』(1947)とその続編2編(1949、52)で、そして、ある程度『名探偵カッレくん』Mästerdetektiven Blomkvistシリーズ(1946~53)でその隆盛をみることとなったが、一方、前者の極度に独創的で詩的な御伽噺的要素は『親指こぞうニルス・カールソン』Nils Karlsson-Pyssling(1949)を特徴づけ、さらには『ミオよ、わたしのミオ』Mio, min Mio(1954)や『小さいきょうだい』Sunnanäng(1959)において高度な文芸の域に達した。
しかし、彼女の最高の文学的結実はまさしくこの空想と現実の両要素の融合にみられる。たとえば、孤児を扱った『さすらいの孤児ラスムス』Rasmus pa luffen(1956)や、心の優しいいたずら小僧「レンネベリヤのエーミル」Emil i Lönnebergaに関する3作品(1963~70)はその好例である。彼女の児童本、とりわけ後期の作品は、大人の読者をもひきつけた。死という子供にとっては大変暗くて重い主題と取り組んだ『はるかな国の兄弟』Bröderna Lejonhjärta(1973)や「ロメオとジュリエット」的テーマで、父親の愛を振り切って自己の人生を築く少女の一種の成長譚(たん)とも解せる『山賊の娘ローニャ』Ronja Rövardotter(1981)は、この点での代表作で、同時に彼女の創作の頂点を記す傑作でもある。作品はほとんどが映画化され、また86か国語に翻訳されるなど、名実ともに国際的にもっとも知られたスウェーデン作家となったが、1992年以降は視力悪化のため創作活動から引退した。
1950年にニルス・ホルゲション賞、58年に国際アンデルセン賞、71年にはスウェーデン・アカデミー金メダル受賞と国内外の数々の賞に輝いたが、ノーベル賞は、何度も候補にあげられながら、受賞しなかった。しかし児童文学の質を高め、それを研究対象へと昇華せしめたことは彼女の大きな功績だった。
[山下泰文]
『大塚勇三他訳『リンドグレーン作品集』21巻(1964~88・岩波書店)』▽『マリット・テルンクヴィスト絵、石井登志子訳『夕あかりの国』(1999・徳間書店)』▽『三瓶恵子著『ピッピの生みの親 アストリッド・リンドグレーン』(1999・岩波書店)』▽『河合隼雄著『子どもの本を読む』(講談社プラスアルファ文庫)』