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アブドゥッラー `Abd Allāh, Sheikh Mohammad

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アブドゥッラー
`Abd Allāh, Sheikh Mohammad

[生]1905.12.5. スリナガル,ソウラ
[没]1982.9.8. スリナガル,ソウラ
インドの政治家。ラホール大学,アリーガル・イスラム教大学卒業。カシミール藩王国の改革運動を目指し,1932年イスラム教徒会議を結成。第2次世界大戦後,藩王追放運動で逮捕された。 47年カシミールの帰属問題で,第1次印パ戦争が起ると,ジャンムカシミール州の初代首相になり,インドへの帰属を固める協定を結んだ。しかしカシミールの自治を強調しすぎて,53年逮捕され,その後釈放と逮捕の繰返しののち,75年2月州首相に復帰。 77年再選。

アブドゥッラー
Abdullah bin Abdul Kadir Munshi

[生]1796. マラッカ
[没]1854. メッカ
マレーのマレー語教師,著述家。アラブ・タミール系のマレー人で,生涯のほとんどをイギリス支配下のマラッカとシンガポールで過した。 1811年マラッカにやってきた T.ラッフルズの最年少の書記となって彼の心酔者となった。以来,イギリス人支配者や宣教師の語学教師をつとめた。詩,紀行文,自伝などで同時代のすぐれた記録を残し,近代マレー文学の祖とされる。『アブドゥッラー自伝』 Hikayat Abdullah bin Abdul Kadir Munshi (1849) がある。

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世界大百科事典 第2版の解説

アブドゥッラー【Abdullah bin Abdul Kadir】

1797‐1854
マレー近代文学の先駆的作品であり,19世紀のシンガポールに関しての重要なマレー語資料でもある自伝《アブドゥッラー物語》(1849)の著者。アラブ,タミル,マレーの血を引き,マラッカで生まれる。13歳で東インド会社のラッフルズの書記となり,以後外国人にマレー語を教えるムンシ(語学教師)としての生涯をおくり,イギリスの植民地という環境の中で,ラッフルズの影響もあったが,最も早くマレー語教育の必要を説いた。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

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