昆虫綱双翅(そうし)目短角亜目アブ科Tabanidaeの総称。体長7~30ミリメートルで、体は扁平(へんぺい)で頑丈である。はねはしっかりした翅脈に支えられ、透明であるが、ときに暗褐色の斑紋(はんもん)をもつ。複眼は頭部の大部分を占め、生体では美しい色彩を放つ。日本には100種近く産し、世界で約1600種が記録される。マルガタアブStenomyia yezoensis、ムカシアブNagatomyia mecaniea、ヒメアブSilvius dorsalisなど原始的な種類は吸血しないが、キンメアブChrysops suavis、ウシアブTabanus trigonus、ゴマフアブHaematopota tristisなどの雌成虫は吸血性である。とくに牛馬などの家畜を襲撃し、人もよく吸血される。吸血から得られた栄養はおもに2回目以後の産卵に利用される。
[倉橋 弘]
成虫は動物の呼気中の二酸化炭素に誘引され、動物に近づくと体温を感じて興奮し、口器で皮膚を切り刺し、流れ出る血液をなめる。また、自動車の排気ガスに誘引されて車中に飛び込んだり、温泉地周辺に多く集まり、野天風呂で入浴中の人を刺したりする。卵は水辺や湿地の木の下や葉の裏面などに固めて産み付けられる。幼虫は紡錘形のうじで、尾端に呼吸管をもち、水中では水面にこれを出して呼吸する。白色の幼虫が多いが、イヨシロオビアブTabanus iyoensisのように暗色で白斑をもつものもある。湿地に生息し、水田、腐木、蘇苔(せんたい)類の下などにみられ、ほかの昆虫やミミズなどの小動物や腐植質を食べる。蛹(さなぎ)の期間は1~2週間で1~2年で成虫となる。イヨシロオビアブは頻繁に人を攻撃して刺す。とくに北陸地方(富山県、石川県)、東北地方(とくに山形県)では被害が大きい。北陸地方ではオロロとかオルリとよんで、夏の山間部での農作業時の嫌われものである。長さ10キロメートルの谷で、400万匹ものイヨシロオビアブが発生する地域がある。アブの刺咬(しこう)による腫脹(しゅちょう)と疼痛(とうつう)の症状は、人によっては数週間も続くことがあるが、この原因は、唾液(だえき)に含まれる特殊なタンパク質が有毒成分であることがわかっている。幼虫による刺咬症は水田での農作業中に足を刺されておこる。幼虫は各地方でチックリムシ、タバチ、ヤマオコゼ、ハリムシなどとよばれて嫌われている。また、田植の忙しい時期に、水に浮かんでいて人の足を突っついたりするので、ナマケムシ、オウチャクムシなどとよぶ地方もある。アフリカ産のキンメアブ4種Chrysops silaceus、C. dimidiatus、C. centurionis、C. langiによって媒介されるロア糸状虫症や、また、アメリカ産C. discalisによって媒介される野兎(やと)病、熱帯地方の家畜の悪性貧血病など、アブによって伝播(でんぱ)される病気がある。
[倉橋 弘]
一般に「アブ」とは、双翅目の種類のうち、体が繊細な「カ」に対して頑丈な種類で、しかも「ハエ」のように動作が敏捷(びんしょう)でない種類をさす呼び名である。したがって、分類学的にはアブ科のほかに短角亜目のキアブ科Xylophagidae、ミズアブ科Stratiomyidae、クサアブ科Coenomyiidae、キアブモドキ科Solvidae、シギアブ科Rhagionidae、ナガレシギアブ科Athericidae、ツルギアブ科Therevidae、マドバエ科Scenopinidae、ムシヒキアブ科Asilidae、ツリアブ科Bombyliidae、ツリアブモドキ科Nemestrinidae、コガシラアブ科Acroceridae、環縫(かんぽう)亜目のアタマアブ科(アタマバエ科)Pipunculidae、ハナアブ科(アブバエ科)Syrphidaeなど広義のアブに含まれる。
[倉橋 弘]
日本語では,双翅類昆虫のある群を漠然と〈ハエ〉〈アブ〉〈カ〉などと分けて用いることが多い。これは厳密な分類学的な意味をもつものではなく,単に形態的な,または色彩的な感じからきたものである。したがって,アブと呼ばれる昆虫の中にはハエもあり,逆にハエと呼ばれている昆虫にはアブやカの仲間も含まれており,必ずしもその分類学的位置とは一致しない。しいていえば,アブにはアブ科そのものを指す場合と,双翅目短角亜目直縫群に属する昆虫の総称の場合とがある。アブ科Tabanidae(英名horse fly/deer fly)は,世界で3000種以上,日本からは80種以上記録されている。中~大型で複眼は大きく頭部の大部分を占める。翅は長大で飛翔(ひしよう)力の強いものが多い。無吸血産卵する種もあるが,ほとんどの雌の成虫は吸血性で,大あごで温血動物の皮膚を傷つけ,流れ出た血液を吸収する。雄は吸血しない。卵は1層または数層の卵塊として産みつけられ,多い種では数百にも達する。幼虫は肉食性でミミズ,貝類,昆虫などを食べる。幼虫の生息環境は,土中,森林内の倒木下,湿ったコケの下,海岸の泥中,水田,湿地など多様である。幼虫期間は長く,多くの種では1年であるが,2年を要する種もある。イヨシロオビアブTabanus iyoensisは,本州,四国,九州の山地で大発生し,人を好んで襲うので有名である。本種の発生期には山仕事を休む地方もあるくらいで,オロロ,テジロなどとも呼ばれている。牛馬を好んで襲うものに,灰黒色から灰褐色のウシアブ,黄灰色から黒色で体長2~3cmのアカウシアブなどがある。人を刺し吸血するものには,翅に黒色斑のあるメクラアブ,灰色で中型のシロフアブ,ゴマフアブなどがある。アブに刺されると激しい痛みをおぼえ,発赤ばれなどが見られ,しばらくしてから激しいかゆみが起こる。個人差があり,数時間から2日くらいで治る場合もあるが,完全に治るには1週間くらいかかることもある。応急処置としては,抗ヒスタミン剤軟膏をぬる。
後者の場合は,成虫の触角がカの仲間(長角亜目)のように多数の節からなっているのではなく,2個の基部の節と比較的多数の小節からなる第3節からなり,小節は互いに可動か,または融合してむち状となっているものもある。さなぎは裸蛹(らよう)で,羽化の際には胸背の中央部で縦に裂ける。このような群をまとめて直縫群という。直縫群の代表的な科は,ミズアブ,シギアブ,アブ,コガシラアブ,ムシヒキアブ,ツリアブ,オドリバエ,アシナガバエなどの各科で,日本からは14科が知られている。アシナガバエ科とオドリバエ科は,種々の点で他の科と異なり環縫(かんぽう)群(ハエ)に近いがこの群に入れられる。ショクガバエ科(ハナアブ)は,外見からほとんどの種がアブと呼ばれているが,環縫群の昆虫である。
執筆者:篠永 哲
アブは古くは〈あむ〉ともいった。夏季山野に発生して朝夕の一定の明るさの時間に活動して人や家畜の血を吸う。近代になっても飛驒の山中ではその害がはなはだしかった。古代には神武天皇の腕に止まって,それをトンボがとらえたのを見て天皇が長歌を詠んだという話もある。また《続日本後紀》によれば,845年(承和12)5月に山城国綴喜・相楽両郡に大発生して,牛馬に甚大な害を与え,害虫のはなはだしいものであった。《今昔物語集》には貧しい若者がふととらえたアブを藁(わら)しべで結び,小枝の先につけて歩いているのを貴人の幼児が欲しがるのでコウジ3個と換え,次にのどの渇いた女性に与えて衣を受け,さらに馬,家屋敷としだいに価値の高いものと交換してついに長者となる〈藁しべ長者〉と呼ばれる系統の話をのせている。福運ある者は,藁しべやアブのようなまったく価値のない品をもっていても富み栄えることを意味した古い人生観の表現であろう。
執筆者:千葉 徳爾
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…ハエやアブの幼虫の一般名。これ以外でも果実などにいる黄白色の幼虫もうじと呼ぶこともある。…
…すなわち,ネッタイイエカなどイエカ属のカやシナハマダラカなどハマダラカ属のカが,バンクロフトシジョウチュウの中間宿主である。また,マレーシジョウチュウの中間宿主はヌマカ属のカであるが,オンコセルカのそれはブユの類であり,ロアシジョウチュウのそれはアブの類である。 以上4種のヒトを固有宿主とするフィラリアのほかに,動物寄生種がある。…
※「あぶ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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