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アヤ・デ・ラ・トーレ Haya de la Torre, Víctor Raúl

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アヤ・デ・ラ・トーレ
Haya de la Torre, Víctor Raúl

[生]1895.2.22. トルヒーヨ
[没]1979.8.2. リマ
ペルーの政治家。リマのサン・マルコス大学在学中から政治活動を行い,卒業後国外に追放され,イギリス,ドイツ,ソ連で亡命生活をおくった。 1924年メキシコで農地改革,産業の国有化,外国資本の進出反対などをスローガンにした急進的な民族主義的社会改革運動。アメリカ革命人民同盟 APRA (アプラ) を結成。 31年にペルー・アプラ党を結成し,ペルーでの政党活動を開始。亡命・獄中生活を繰返しながら,ペルー初の大衆政党党首として 62年の大統領選挙では最高得票を得たが,軍部の反対で政権担当は実現しなかった。

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百科事典マイペディアの解説

アヤ・デ・ラ・トーレ

ペルーの政治家。APRA(アプラ)党党首(在任1924年―1979年)。学生時代にマルクス主義に触れ,組織労働者との接触を深める。1923年レギアに反対し,国外追放。
→関連項目ペルーマリアテギ

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アヤ・デ・ラ・トーレ
あやでらとーれ
Vctor Ral Haya de la Torre
(1895―1979)

ペルーの改革的政治家、思想家。北部トルヒーリョの出身。リマのサン・マルコス大学に在学中、学生運動の指導者として活躍。逮捕、投獄されたのち、1923年メキシコに亡命。翌1924年メキシコ市で同志とともに大陸的規模での反帝組織APRA(アプラ)(アメリカ革命人民同盟)を創立し、ラテンアメリカ独自の革命理論やインド・アメリカ主義を主張してコミンテルンの革命路線と対立した。1931年ペルーに帰国してペルー・アプラ党を創立。その後たびたび大統領選挙に出馬し、第二次世界大戦後はより現実主義的な姿勢を示したが、アプラ党政権の出現を恐れたペルーの寡頭支配階級や軍部に阻止され、ついに大統領の座につけなかった。政治活動のかたわら『反帝国主義とアプラ』をはじめ、革命理論や政治思想に関する多数の著作を書き、ペルーのみならずラテンアメリカの変革運動に大きな影響を与えた。[加茂雄三]

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