アラビア石油(読み)アラビアせきゆ

改訂新版 世界大百科事典 「アラビア石油」の意味・わかりやすい解説

アラビア石油[株] (アラビアせきゆ)

日本最初の海外石油資源開発会社。1957年,日本輸出石油社長の山下太郎(1889-1967)が,サウジアラビア政府と石油利権獲得のため交渉を重ねた結果,サウジアラビアおよびクウェート中立地帯沖合地域の石油開発利権協定を締結したことに始まる。翌58年2月,山下太郎(後年アラビア太郎〉と呼ばれた)は,石坂泰三ら財界の協力のもと,電力,鉄鋼商社など日本の代表的企業40社の参加を得て,アラビア石油(株)を設立した。サウジアラビア政府,クウェート石油公団もそれぞれ10%ずつ株式を所有し,東京電力関西電力等を上回る最大の株主である。60年1月,第1号井で日産1000kl油田を掘り当て,これをカフジ油田と名づけた。日本の海外での自主開発原油第1号である。同油田の埋蔵量は約8億kl,生産能力は日産約40万バレルであった。また,63年フート油田,67年ルル油田,ドラ油田も発見されている。こうして,1960年以後,アラビア石油が順調に原油生産量を増大させたことをきっかけに,石油開発専門会社がつぎつぎとつくられていった(アブダビ石油(1968設立),エジプト石油開発,合同石油開発(ともに1970)など)。2000年2月カフジ油田の採掘権は切れたが,クウェート政府から得ている03年1月期限の採掘権については新契約を締結した。03年1月富士石油と共同持株会社,AOCホールディングスを設立した。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アラビア石油」の意味・わかりやすい解説

アラビア石油
アラビアせきゆ

油田開発をおもに行なう石油会社。1957年に日本輸出石油が,サウジアラビアとクウェートの中立地帯における採掘権を,サウジアラビアから獲得した。翌 1958年に「アラビア太郎」と呼ばれた山下太郎がアラビア石油を設立して,日本輸出石油のサウジアラビアにおける利権を継承した。同 1958年にクウェートからも採掘権を獲得し,1960年にカフジ油田発見に成功した。1991年の湾岸戦争では 4ヵ月間の操業停止を経験しながら,自主開発原油の供給に貢献してきた。しかし 2000年にサウジアラビア,2003年にクウェートの採掘権が失効し,以降はクウェートでの技術サービス契約に基づく操業のほか,メキシコ湾エジプトなどでの資源開発を行なった。

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