記憶障害(読み)キオクショウガイ(その他表記)memory disorder

デジタル大辞泉 「記憶障害」の意味・読み・例文・類語

きおく‐しょうがい〔‐シヤウガイ〕【記憶障害】

高次脳機能障害の一。事故や疾病でに損傷を受けた場合などに起こる。物事を覚えたり、覚えたことを思い出す能力が低下し、新しいことが覚えられない、日付や場所がわからない、人の名前や顔が思い出せない、物の置き場所を忘れる、過去のことが思い出せない、同じ質問を何度も繰り返す、などの行動や状態が見られる。

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精選版 日本国語大辞典 「記憶障害」の意味・読み・例文・類語

きおく‐しょうがい‥シャウガイ【記憶障害】

  1. 〘 名詞 〙 体験の記銘、保持、追想、再認という一連の記憶能力の障害。一般に、認知症意識障害など脳機能の急性または慢性の障害の症状とみなされるが、強い心理的ショックによってもおこることがある。

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最新 心理学事典 「記憶障害」の解説

きおくしょうがい
記憶障害
memory disorder

記憶memoryは,われわれの日常生活にとって必要不可欠であり,記憶に障害があると,さまざまな面で生活に支障を来す。脳損傷や精神神経疾患に伴う記憶障害から,人間の記憶メカニズムを探ろうという研究は,神経心理学neuropsychologyという学問分野で発展しており,さまざまな実験的研究から多くの事実が明らかにされてきた。

 記憶の障害を呈する疾患は多岐にわたるが,記憶機能の低下が障害の中心となる主な病態としては,健忘症amnesiaと認知症dementiaが挙げられる。両者の違いは,健忘症では基本的に記憶の障害のみが認められるのに対して,認知症では記憶の障害が前面に現われやすいものの,言語,注意,思考,問題解決といった他の高次認知機能も全般的に低下することにある。

 健忘症はさらに,器質性健忘organic amnesiaと心因性健忘psychogenic amnesiaに分けられる。前者は脳に障害があり,それが原因で健忘症状が現われるのに対し,後者は基本的には脳に顕著な障害は認められず,心的ストレスなどを原因として発症する。精神機能が損なわれるという見方から,後者は機能性健忘functional amnesiaとよばれることもある。器質性健忘で比較的多く観察されるのは,⑴側頭葉内側部(海馬とその周辺部位)の損傷を伴う側頭葉性健忘temporal amnesia(純粋健忘pure amnesia),⑵乳頭体や視床背内側核などの損傷を伴うコルサコフ症候群Korsakoff syndrome,⑶前脳基底部の損傷を伴う前脳基底部健忘basal forebrain amnesia,⑷視床の損傷を伴う視床性健忘thalamic amnesia,⑸脳の後部に位置する脳梁膨大後部の損傷を伴う脳梁膨大後部健忘retrosplenial amnesiaなどである。

 このうち,⑴~⑶については症例数も多く,これらの疾患を対象とした研究も相当数に及んでいる。⑴の原因となるのは,ヘルペス脳炎herpes encephalitisや無酸素症anoxiaなどであり,片側あるいは両側の海馬を中心とした組織が損傷を受けるケースが多く,それが原因となって記憶障害が現われる。一般に,片側損傷よりも両側損傷において,健忘の程度が重篤である。⑵の原因となるのは,ウェルニッケ脳症Wernicke's encephalopathyであり,連続飲酒や内臓疾患などに伴うビタミンB1の欠乏を背景として発症する。ウェルニッケ脳症の後遺症として,重度の健忘症状が呈される。⑶の原因となるのは,主に前交通動脈瘤の破裂(クモ膜下出血)に伴う前脳基底部の障害である。⑴~⑸の中では⑶の罹患率が最も高く,個人差はあるものの,後遺症として重篤な記憶障害が認められる場合が多い。

 器質性健忘においては,損傷部位によって記憶障害の質や程度に違いがある一方,比較的共通して見られる特徴も存在する。それは,①短期記憶や手続き記憶の障害は顕著でなく,知能や言語なども正常範囲内である,②発症後に起こった新しい事象についての記憶障害である前向健忘anterograde amnesiaが認められる,③発症前に起こった出来事についての記憶障害である逆向健忘retrograde amnesiaが認められる,④逆向健忘において,過去にさかのぼるほど想起できる情報量が増える時間的傾斜temporal gradientが認められる,などである(図)。これらの知見は,いずれも心理学的な手法を用いて発見されたものである。

 前述①の「短期記憶に顕著な障害がない」という特徴は,スコビルScoville,W.B.とミルナーMilner,B.(1957)によって,記憶障害を呈する症例H.M.に対する一連の実験結果から明らかにされた。H.M.は,てんかんの治療を目的とした両側側頭葉内側部とその周辺部位の切除術を受けた後,知能・言語・知識・数唱,および手続き記憶がそれぞれ正常範囲内であったにもかかわらず,重度の前向健忘を示し,数分間情報を保持することすらできなくなった。このことは,H.M.の長期記憶が障害を受けている一方,短期記憶は比較的保たれているという乖離を示しており,二重貯蔵モデルtwo-store memory modelを支持する証拠となった。これに限らず,潜在記憶implicit memoryと顕在記憶explicit memoryの分類など,認知心理学で取り上げられる記憶の概念や分類の妥当性を高めるうえで,記憶障害を対象とした研究データは大きな役割を果たしてきた。

 他方,心因性健忘(機能性健忘)は,器質性健忘と比べ,実験的なアプローチによってその症状や特徴をとらえるのが困難である。心因性健忘で特異的なのは,思い出せない情報が個人的な出来事,いわば自伝的記憶autobiographical memoryに限られており,個人と関連性が高くない出来事や一般的な知識の想起能力は比較的保たれることである。器質性健忘で観察される時間的傾斜は,心因性健忘では認められない。新しいことを覚える能力には大きな問題がないケースが多い一方,忘れてしまった情報を再度想起できるほどに回復するか否かには大きな個人差があり,発症後まもなくトラウマとなった出来事を含め,ほとんどすべての記憶が取り戻されるケースもあれば,何年経過しても個人に関する記憶が戻らないケースもある。中には,病前の性格や癖,嗜好品に関する記憶まで失われ,日常生活においてしばしばパニックに追い込まれたり,人格の変化を生じさせたりする場合もある。心因性健忘の背後にある神経メカニズムに関しては,研究の進歩はあるものの,いまだ十分な理解に至っていないのが現状である。

 近年は,機能的磁気共鳴画像fMRI)など,脳機能画像法の技術的発展に伴い,健常者を対象とした記憶の神経メカニズムを探る研究も盛んに行なわれている。たとえば,H.M.が損傷を受けていた側頭葉内側部についても,情報の符号化や検索をはじめ,それらの活動における意識性など,さまざまな側面から実験心理学的な手法を用いた実験によって機能の解明が進められている。これらの画像研究では,記憶障害の研究から明らかにされた一連の成果を踏まえて実験デザインが考案されている。また,健常者を対象にした画像研究から得られた知見が,記憶障害の症状の解明やリハビリテーションにも役立てられている。このように,健常者を対象とした実験的研究と記憶障害を対象とした症例研究は相対するものではなく,両者が融合して発展しているのが現状である。 →記憶 →側頭連合野 →大脳辺縁系 →認知症
〔梅田 聡〕

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「記憶障害」の意味・わかりやすい解説

記憶障害
きおくしょうがい

病的な記憶の障害をいう。記憶能力には個人差が大きく、健常な状態でも正確な記憶を長く保つのは容易でない。老化によっても記憶は低下する。病的には、脳外傷、脳卒中薬物中毒など種々の脳障害の際、とくに意識障害や知能障害(精神遅滞や認知症)により、また統合失調症(精神分裂病)や心因反応などいろいろな精神障害の際に記憶障害がみられる。

 記憶障害は、記銘力(短期記憶)の障害と想起(追想、長期記憶)の障害に大別される。実際には種々の形が混じって生じるが、便宜的に次のように分けて考えられる。

[浅井昌弘]

記銘障害

できごとや体験を覚え込む能力の障害であり、短期記憶の障害ともいわれる。すこし前のできごとや最近のことも覚えていられず、次々と忘れてしまう。前向(ぜんこう)健忘も同じ意味である。注意集中力の低下、興味関心の低下、意欲の低下、疲労状態、なんらかの意識障害や知能低下(精神遅滞、認知症)などでみられるほか、コルサコフ症候群(健忘症候群)では著明な記銘障害がある。

[浅井昌弘]

想起障害

想起の障害には量的なものと質的なものがある。量的障害は記憶増進と想起の減退(忘却、記憶減退、健忘)に分けられる。

 記憶増進は過去の記憶が異常な活発さで思い出されることで、記憶亢進(こうしん)ともいう。一時的に短時間にひとりでに多量のできごとが浮かんでくるのは、発熱時、夢のなか、催眠状態、側頭葉刺激時、アヘンLSDなどの薬物使用時や中止後のフラッシュバックのときなどである。縊死(いし)未遂や高所からの墜落時など死に直面して一生涯パノラマのように浮かんでくることもある。持続的な記憶力の亢進は、知能優秀者のほかに、精神遅滞者でもカレンダーや時刻表などを非常に正確かつ詳細に覚えている場合がある。見かけの記憶増進には、そう(躁)病の多弁、うつ(鬱)病の過去の失敗の想起、パラノイアや統合失調症(精神分裂病)の妄想的追想、ヒステリーや心気症の訴えなどの場合もある。

 忘却では、新しいものが古いものより早く失われやすい傾向(リボーの逆行律)がある。記憶減退は、過去の記憶が想起困難な場合で、老人や脳の器質疾患でみられる。健忘は、ある期間やある事柄に限られた追想欠如をいう。

 想起の質的障害(記憶錯誤)には、記憶の間違い(誤記憶、記憶錯覚)と、実際にはなかったことをあったように思い出す偽記憶(記憶幻覚)が含められる。記憶違いは日常よくみられ、虚言や証言の心理にも関係し、無意識の心理機制(フロイト)やゲシュタルト心理学などの立場からも研究されている。偽記憶は、想像、幻想、夢体験や作り話、妄想(妄追想)、既視感(デジャ・ビュ。初めてのものをすでに見たと思うこと)などと関連し、事実の有無について誤記憶と区別がむずかしいことがある。

[浅井昌弘]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「記憶障害」の意味・わかりやすい解説

記憶障害
きおくしょうがい
disturbance of memory

頭部外傷や器質的障害,異常体験などにより記憶メカニズムに障害が発生すること。記憶は,記銘,保持,再生という流れに沿って成立する。集中力不足や注意力散漫,意識障害によって記銘障害が起るが,老人性記憶障害はこの記銘障害に入る。保持障害は,頭部外傷や脳器質の障害,激しい感情体験など心因性によって起る。再生障害は,精神的緊張が強すぎる場合などに起る。また,ある衝撃を受けて一定の期間,あるいは一定の事実を忘れることを健忘といい,衝撃を受けてから意識が回復するまでの記憶がなくなることを前向健忘,衝撃の時点以前を忘れることを逆行性健忘という。また,実際の体験と異なったものを想起する記憶錯誤,自分が何者なのかすら忘れてしまうような全生活史健忘もある。

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百科事典マイペディア 「記憶障害」の意味・わかりやすい解説

記憶障害【きおくしょうがい】

記憶を,体験を心に刻む記銘力,それを何らかの形で保持したうえ,再生追想する能力の総合と考えるとき,記憶障害は次の2種に分けられる。1.記銘力の障害。主としてアルコール中毒老人性認知症(痴呆(ちほう))などにみられる(コルサコフ病)。2.再生追想の障害。主として頭部外傷などに認められる。

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世界大百科事典(旧版)内の記憶障害の言及

【記憶】より

…しかし,いずれの研究でも,現時点では記憶現象を解明するに至っていない。 一方,臨床医学での,慢性アルコール中毒によるコルサコフ症候群や癲癇(てんかん)など,脳内の特定の部位に損傷をもった患者の記憶障害の研究によって,脳内の記憶の場については,ある程度明らかにされている。とくに,ミルナーB.Milnerらの,癲癇の患者の記憶障害の分析(1957)は有名で,これらの研究から,脳内の海馬と側頭葉,乳頭体と視床の内側部が意識体験の記憶と深くかかわっていることが明らかにされている。…

※「記憶障害」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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