アレッポ(英語表記)Aleppo

翻訳|Aleppo

デジタル大辞泉 「アレッポ」の意味・読み・例文・類語

アレッポ(Aleppo)

シリア北西部の商業都市。古来、東西貿易の中継地。繊維工業が盛ん。アレッポ城や巨大なスークモスクなどがあり、1986年、「古代都市アレッポ」の名称で世界遺産文化遺産)に登録。2013年、国内騒乱による破壊などが理由で危機遺産に登録された。人口、行政区445万(2008)。ハラブ

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共同通信ニュース用語解説 「アレッポ」の解説

アレッポ

シリアの北部最大都市で、古代から交易拠点として栄えた。人口約356万人(2015年推定)。民主化運動「アラブの春」が波及し、12年7月にアサド政権と反体制派の戦闘が本格化。同8月、取材中のジャーナリスト山本美香やまもと・みかさんが銃撃され死亡した。古代都市として国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産に登録されたが、戦闘で旧市街の市場などが損壊し、13年に「危機遺産」に指定。反体制派が市東部を掌握していたが、ロシア軍の支援を受けた政権軍が16年12月に全域を制圧した。(アレッポ共同)

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改訂新版 世界大百科事典 「アレッポ」の意味・わかりやすい解説

アレッポ
Aleppo

シリア北部の都市で同名県の県都。人口198万(2004)。アラビア語でハラブḤalab。タウルス山脈の麓に位置し,クウェイク川が貫流する。首都ダマスクスと並ぶ大都市で北部シリアの商工業の中心をなし,織物,セメント,セッケン,皮革,食品加工などの工業が有名である。肥沃な農業地域を背景としており,綿花,穀物,果物,およびピスタシオなどが栽培される。古くからユーフラテス川流域と地中海,シリア南部とアナトリア地方を結ぶ商業交通上の接点で,天井が覆われた路地を有するアレッポのスーク(市場)は,絹,香料類,宝石類,銅など特定商品ごとの店舗集団に分かれており,その起源は15世紀にまでさかのぼる。住民はイスラム教徒が中心であるが,そのほかにキリスト教徒アラブ,アルメニア人,クルド人などのコミュニティが存在する。第2次世界大戦後北側ないし西側に急速に拡大し,新しい地区には街路樹のある立派な道路,セメントや石造りの住宅,銀行,ホテル,病院,アレッポ大学,ウガリトやマリの遺跡からの出土品を展示している美術館などがある。旧地区には,スークのほかに,モスクや多くは16,17世紀に建てられたハーン隊商宿)が残っている。見ごたえのある城砦があり,ヘレニズム時代に造られ12~15世紀に改築された城壁はほぼ完全なまま残っている。アレッポの起源についてはさだかではないが,歴史上その名称があらわれるのはエジプトやアッシリアの記録においてである。エジプト,ヒッタイト,アッシリア,その他オリエントの諸勢力の係争の地となる。セレウコス朝時代に一時ベロエアBeroeaと呼ばれた。ビザンティン時代にキリスト教の中心地として隆盛をきわめるが,636年イスラム教徒に征服され,10世紀半ばにはハムダーン朝の首都となった。オスマン帝国時代にはアレッポ行政区の中心であった。1920年〈アレッポ国家〉の首都となるが,25年シリア国家の誕生とともにこれに併合され県都となる。40-50年代の政党政治期にはアレッポの商人層の利害を代表する人民党の根拠地となり,ダマスクスを根拠とする国民党と対抗した。
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アイユーブ朝マムルーク朝の遺構が多く,いずれも石造建築。モスクには,最も古いジャーミー・トゥタ(7世紀),ダマスクスのウマイヤ・モスクに近似したジャーミー・アルカビール(715創設,1158再建)がある。学院(マドラサ)としては,シリアのイスラム建築中,最も美しいとされるマドラサ・アルフィルダウス(1236),世俗建築としては,アラブの代表的な城砦(12世紀末~13世紀初期),隊商宿ハーン・アルサーブーン(16世紀),ハーン・アルワジール(17世紀)等が挙げられる。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アレッポ」の意味・わかりやすい解説

アレッポ
Aleppo

アラブ語でハラブ Halab。シリア北西部,ハラブ県の県都。クワイク川沿いの石灰岩の丘 (390m) に位置する。内陸性気候で,夏季最高気温は 43~46℃。メソポタミア,小アジア,エジプトの文明の影響を受けて早くから都市国家が誕生。セレウコス朝治下で発展した。その後キリスト教が広まり4世紀まで司教座を設置。 637年アラブが侵入してからはウマイヤ朝の都市として繁栄。やがてセルジューク・トルコ,十字軍,アイユーブ朝,マムルーク朝などの支配を受け,1516年オスマン帝国に征服され,約 400年間支配された。第2次世界大戦後,旧市街の北方および西方に新市街が拡大し,シリア大学の分校,ウガリト遺跡やマリ遺跡のコレクションで有名な新博物館もある。中東随一のスーク (市場) のハーンアルサブーン,ハーンアルワジールが続き,石造りのキャラバンサライ,商店,中世の学校,数多くのモスクなどがある旧市街は,1986年世界遺産の文化遺産に登録。特にウマイヤ大モスク (715) は最大の規模を有し,7世紀の創建になるトゥータモスクは最古のもの。南方にはシリア現存の中世建築のなかで最も美しいといわれる神学校フィルダウス (1235) がある。絹織物取引の中心地で,主要工業は絹織物,綿捺染のほか,羊毛,皮革,セメント,繰綿など。周辺の農作物の大集散地であり,牧畜も盛ん。人口 144万 5000 (1992推計) 。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「アレッポ」の意味・わかりやすい解説

アレッポ
あれっぽ
Aleppo

シリア北部、地中海とユーフラテス川の間にある同国第二の都市。人口193万3700(2003推計)。標高400メートルの内陸高原にあり、気候は大陸性であるが、地中海の影響を受けて冬に降雨がある(年降水量400ミリメートル)。アラビア名をハラブalabといい、すでにヒッタイト期(前2000~前1200)の碑文のなかにその名が刻まれている。海洋民族フェニキア人とメソポタミアの内陸民族が出会う場所で、東西交通の要衝として古くから栄えた。またそのために、中近東を支配下に置こうとする諸勢力の係争地となってきた。16世紀のオスマン・トルコ治下では中近東最大の商業都市として繁栄した。北部シリアの経済の中心で、小麦、大麦、綿花、ゴマ、オリーブ、果実、羊毛などの農産物の集散地である。また絹や綿織物、皮革品など伝統産業のほかに、食料品、紡績、セメントなどの近代工業も発達している。地中海沿岸の港湾都市ラタキア、首都ダマスカス方面やトルコ、イラク方面へ行く鉄道の分岐点である。市内には中世のアラブ式城砦(じょうさい)、スーク(大市場)、国立博物館などがある。1986年に「古都アレッポ」として世界遺産の文化遺産(世界文化遺産)に登録されたが、内戦により甚大な被害を受けたとして、2013年には危機遺産リスト入りしている。

[原 隆一]

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知恵蔵mini 「アレッポ」の解説

アレッポ

シリア北部にある商業都市で、人口は約210万人(2004年時点)。アラビア語では「ハラブ(乳)」と呼ばれる。紀元前1800年頃より居住が始まり、地中海とユーフラテス川の間に位置する地の利の良さから、東西交易の要衝として栄えた。歴史的な古い街並みや遺跡を今に伝える旧市街は、1986年に「古代都市アレッポ」として世界文化遺産に登録されている。現在は、織物、セメント、石けん、皮革、食品加工などの工業が発達し、北部シリアの経済の中心地として知られるが、2012年7月より政府軍と反体制派による内戦の激戦地となり、市民の多くが市街地から避難、日本人ジャーナリストが銃撃を受けて死亡するなど、治安の悪化が深刻化している。

(2012-08-22)

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「アレッポ」の解説

アレッポ
Ḥalab[アラビア],Aleppo[英]

シリア・アラブ共和国第2の都市。東西交通の結節点として繁栄した商業都市であり,重要な政治拠点。その歴史は紀元前20世紀以前にさかのぼり,ギリシア,ローマ時代に都市の基本的構造が確立した。636年ムスリムの支配下に入り,944年にはハムダーン朝の首都となる。オスマン帝国の統治期には17世紀にイラン,インドとヨーロッパ諸国の中継貿易で栄え,フランスなどの領事館が林立した。

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百科事典マイペディア 「アレッポ」の意味・わかりやすい解説

アレッポ

シリア北部の商業の中心都市。アラビア名はハラブ。古くから東西交通の要地で,鉄道の分岐点。綿花の大集散地で絹・綿織物取引が盛ん。古代エジプト,ヒッタイト,アッシリア帝国時代にすでに知られ,636年イスラム教徒の支配に入った。モスクが多く,オリエント風の大市場は有名。1986年世界文化遺産に登録。213万2100人(2004)。

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世界大百科事典(旧版)内のアレッポの言及

【シリア】より

…彼の王朝は前3千年紀末葉のシリアを支配した。またアレッポの南南西にある都市エブラが全シリアに支配勢力を伸ばした(前2400ころ‐前2250ころ)。これはシリア史上まれにみる帝国であった。…

【都市】より

…もちろん都市の周辺には,都市民に小麦や大麦などの食糧を供給するむらが散在し,またときに定着民と敵対しつつ,平時には武力や乳製品を提供する遊牧民の存在も無視することはできない。バスラやアレッポのような都市の名称が,同時にその周辺のむらや牧草地を含む地方名としても用いられる慣行は,都市とむらと遊牧社会の有機的な結合関係を端的に示すものといえよう。しかし権力者や富裕者はきまって都市に居住し,彼らは商業活動や土地経営による富を都市に集中したから,豊かな消費生活や創造的な文化活動が都市以外のところにおこる可能性はほとんど残されていなかったのである。…

※「アレッポ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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