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イギリスの政治 イギリスのせいじ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

イギリスの政治
イギリスのせいじ

近代イギリスの政治を大陸諸国と比べてみると,顕著な特徴が見受けられる。それはイギリスが秩序を維持しつつ民主主義のパイオニアとして,自由を伸長させてきたことである。一般に秩序の安定と民主主義の進展とは両立しないので,イギリスの場合は異例であったといえる。その原因を考えるにまず政治的自由が根強く成長したことについて,地理的なものをあげる説がある。これはイギリスが島国であったため,大陸諸国のように膨大な陸軍を擁する必要はなく,したがって軍による自由の抑圧がなかったというものである。またイギリスの気候がクールであるため,冷静沈着な気質を養い,ひいては討論による政治を発展させたといわれている。あるいは国民性をその原因としてあげ,それによると,イギリス人はきわめて個性的で常に個人の自由や権威を主張することから自由主義はイギリスの精神的風土となって定着したとする説もある。他方この国民性は,秩序の安定にも大きく寄与している。イギリスは島国であるため外界の刺激が少く,国民は守旧的で,先例,慣習,伝統を尊重し,それらが耐えがたくなるまでは容易に改めようとはしない。したがって政治的保守主義もまたイギリスの精神的風土といえる。保守党を名のる政党が 19世紀以来今日まで,ほとんどの期間を支配し続けてきたのはこのためである。そしてこのような風土においては極端な主張や過度の要求が嫌悪され,中道が喜ばれる。しかし秩序を維持しつつ発展してきたことには,支配階級の政治的資質もまた大きく影響している。彼らは常に「ノーブレス・オブリージ」を守って下層階級の保護に心がけ,加えてなしくずし的に特権を譲渡し続けてきた。さらに彼らは保守的ではあるが,決して反動的ではなく,改革や進歩を先取りしてきた。これらの政治的英知は他国にはみられないところで,これがイギリスを流血から救った大きな原因であったことは否定できない。最後に政治的安定の要因としてイギリスの歴史的発展を指摘しておかねばならない。イギリスは島国であったため,また集権的封建制をしいたため,いちはやく国家統一を達成した。そしてこの強い国民的地盤が二大政党制を育てたといえる。イギリスにも 17世紀に2つの革命が生じたが,それによって徹底した破壊は行われず,封建制は根強く残存した。このため民主主義と貴族主義とが併存し,これによって比類のない政治的安定が生み出されることとなった。

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