日本大百科全書(ニッポニカ) 「イギリス憲法」の意味・わかりやすい解説
イギリス憲法
いぎりすけんぽう
世界の多くの国には単独の成文憲法典があるが、イギリスの正式名称である「グレート・ブリテンおよび北部アイルランド連合王国」にはそのような憲法典は存在しない。イギリス憲法と総称されるものの法源は、(1)制定法(王位継承法〈1701〉、議会法〈1911、1949〉など)、(2)判例(人権に関するものが比較的多い)、(3)慣習(統治機構に関する規範は慣習上成立したものが多い)、(4)学説(権威的典籍といわれる著作に記述されているもの)である。イギリス憲法の特徴は次の諸点に求められる。
[堀部政男]
制限君主制
制限君主制をとる。国王は国家の象徴であり、王位は世襲により継承される。国王は、もっぱら内閣の助言に従って行動し、これに反することは許されない(日本の象徴天皇制のモデルとされるゆえんである)。
[堀部政男]
議会主権
イギリス法は、憲法が法律に優位するという段階構造をとらない。制定法は判例法に優先し、後法は前法に優先するという法の一般原則が憲法についても妥当する。したがって、議会は物理的に不可能なこと以外は何事もなしうるのであり、現在の憲法秩序を一変させることも論理的には可能である。これを議会主権の原則とよぶ。また、法律のなかに後の議会を拘束する文言があったとしても、将来の議会はそれを無視できる。その意味では、イギリスの主権は、そのときどきの議会にあるということになる。当然の帰結として、違憲審査制は存在しない。
立法権は、国王、貴族院、庶民院の三者によって行われる。しかし、現在は立法権は庶民院が行うといっても過言ではない。法律案が法律となるには国王の裁可が必要だが、これはもはや形式的なものにすぎず、国王が両院を通過した法律案を拒否することはありえない。また、貴族院と庶民院との関係においても、財政法案は庶民院の議決が優先するし、通常の法律案については、貴族院の態度にかかわらず、庶民院が1年以上の期間をおいて二度議決すれば(その間に総選挙があってはならない)法律となる。こうして、イギリスは事実上一院制の国となっている。
[堀部政男]
議院内閣制
イギリスは議院内閣制をとり、内閣制度は慣習上成立したものである。首相には、国王によって、庶民院の多数党の党首が任命される。首相の要請に基づいて、国王は他の閣僚を任命する。通常は庶民院議員である。閣僚のうち、首相が選んだ何名かが内閣を構成し、内閣は連帯して庶民院に責任を負う。首相は随時、閣僚を罷免することができる。内閣は、庶民院の信任を失った場合(内閣不信任案の可決、重要法案の否決など)、総辞職するか、庶民院を解散する。これ以外の場合でも、国民の信を問う必要があると考えるときは、庶民院を解散することができる。
[堀部政男]
司法権の独立と法の支配
司法権は、イギリスにおいても独立している。裁判官は議会の弾劾によらなければ罷免されないし、それぞれ独立してその職権を行う。違憲審査制こそもたないが、イギリスの政治において裁判所が果たしている役割は小さくない。イギリスでは、法の支配の原理が、行政権の通常裁判所への服従を意味するものと解されてきた。また、最上級裁判所は貴族院である。ここまで持ち込まれる事件の数は少ないが、このことは、議会と内閣の関係と並んで、権力分立がさほど厳格ではないことを示している。
[堀部政男]
人権保障
憲法上、国民の権利はよく保障されている。重要な制定法には、権利請願(1628)、権利章典(1689)、人身保護法(1679、1816)などがある。もっとも、これらには上位規範という性格は与えられていないから、論理的には、議会はこれらの制定法を全廃しうる。近年、人権保障のために、新しく権利章典を制定すべきであるという主張をめぐって、議論が交わされてきた。
[堀部政男]