イバン族(読み)イバンぞく(英語表記)Iban

改訂新版 世界大百科事典 「イバン族」の意味・わかりやすい解説

イバン族 (イバンぞく)
Iban

ボルネオ島西部に住むプロト・マレー系の民族で,海ダヤク族Sea Dayakともいう。大部分はマレーシア連邦サラワク州南部の丘陵地帯で,陸稲を主要作物とする焼畑耕作を営む。豚,鶏を飼育するほか,猪などの森林獣の狩猟河川での漁労も活発である。19世紀から20世紀初頭にかけて盛んに移住と戦闘行為を繰り返し,世界有数の勇猛な首狩族として知られるに至ったが,その後サラワク政府による平定と,ゴム,コショウという換金作物の導入の結果,現在では定着的な傾向が強まっている。首狩り盛行は1920年代に終えんをみた。サラワク州内の人口は32万(1975)を数え,同州における最大の単一民族集団であり,政治的にも侮りがたい勢力をもつ。イバン族には伝統的に世襲首長や身分階層は存在せず,その社会は基本的に平等主義的である。集落は1軒のロングハウス(長屋式高床住居)から成り,これが伝統的には政治的自律単位であった。ロングハウスは平均15戸,時には50戸ほどの居室(ビレック)をもつ。各居室に住む世帯は成員5~6人の直系家族であることが多く,社会の最小単位となっている。人類学ではこれを〈ビレック家族〉と呼ぶ。イバン族の親族組織は双系的で,ビレック家族の成員権は父方母方いずれか一方を通して得られる。ビレック家族より大きな親族集団は存在しない。19世紀末以来英国国教会系を中心とするキリスト教の布教活動が見られるが,おそらく全人口の2/3が旧来民族宗教を保持している。稲魂信仰を軸とする農耕儀礼シャマニズム,具体的な人格魂の観念などに見られるように,アニミズム的な世界観が濃厚である。超自然的存在はアントゥと総称され,ここには邪霊,悪鬼から戦神,農耕神,人間の創造神までもが含まれる。首狩りに関係する各種の祭りは,首狩りの消滅後も形を変えて行われている。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「イバン族」の意味・わかりやすい解説

イバン族
イバンぞく
Iban

ダヤク諸族の一つで,ボルネオ島北西部マレーシアサラワク州で最大の民族。海ダヤク族ともいう。インドネシアカリマンタン西部にも数万人が居住する。オーストロネシア語族のマレー方言を話す。ロングハウスに住み,内陸高地で陸稲耕作を行なう。ロングハウスが自律的共同体で,世襲の首長や身分制は存在せず,双系親族を基盤とする社会は平等主義的である。19世紀にサラワク南部から北東部にかけて大規模な領域拡張を行ない首狩り戦が盛んであったが,1920年代に政府によって平定され首狩りは終焉した。稲魂信仰に基づく農耕儀礼を行ない,シャーマニズム他界観の発達などアニミズムが強い。

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世界大百科事典(旧版)内のイバン族の言及

【住居】より

… 立ち戻って,寝・食が人間にとっても不可欠の基礎的要求であれば,寝室・台所が必要なことはすぐに了解できるが,加えて接客空間が遍在するという事実には,その意味を問う価値がある。たとえば,イバン族(ボルネオ島)のロングハウスにおける〈ルアイ〉と呼ばれる長大な廊下は,村人の共用空間であり,外来者を迎え入れる場所でもある。つまりそこは外に向かって開かれた場所といえる。…

【他界】より

…これを第2の特徴ということができよう。たとえば,西ボルネオのイバン族のもとでは,天寿をまっとうして死ぬことを〈帰る〉と表現する。彼らによれば,他界こそが人間のもともとの住家であり,この世は一時的な仮りの住いだからである。…

【ダヤク族】より

…オランダ系の民族学においては,ボルネオ島(カリマンタン)に住むプロト・マレー人系の原住民の総称として〈ダヤク〉の名称が一般的に用いられる。したがってこの語に各民族名を冠し,カヤン・ダヤク,クニャー・ダヤク,ヌガジュ・ダヤク,海ダヤク(イバン族),陸ダヤクなどの複合名称がしばしば用いられる。ダヤク諸族間の言語・文化的類縁関係については諸説があるが,ごく大きく分けて,(1)フィリピンの諸民族と近い北部群(とくにムルット族),(2)中央カリマンタン諸族(カヤン族クニャー族を含む),(3)西ボルネオ諸族(イバン族,陸ダヤク)の3群を認めることができる。…

【ロングハウス】より

…東南アジアに多く見られる長大な家屋で,1棟に多数の家族が居住する。インドシナ半島のセダン,マ,ノン,ラデ族,スマトラのカロ・バタク族などに見られ,ボルネオの陸ダヤク族,イバン族,カヤン族,クニャー族では大型のものが多い。たとえばイバン族のロングハウスは,長さ150m,幅12m(露台を加えて17m),木造高床式で,タンジュ(露台),ルアイ(廊下),ビレック(家族の居室と台所),サダウ(大きい屋根裏)の4部分から構成される。…

※「イバン族」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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